第十五章 After
あたまがおかしくなる (前編)
「言語の勉強をしてみたい……ッスか?」
ホケーっとした表情でエメラちゃんに返事されてしまった。
それはあまりにも突拍子もない言葉だったのかもしれない。
わざわざエメラちゃんを『ノア』の図書館に連れ出してきて、とんちんかんなことを言ってしまったような気がしないでもない。とりあえず弁明したい。
「ほら、やっぱり、なんというか何もしないで過ごしていくのも抵抗あるしさ。頭がサビついちゃうのもイヤだし、裾野というの? 知見を広げたくなったのよ」
比較的真面目に答えたつもりだ。
このまま『ノア』でぼんやりとした日々を過ごしていては、頭の芯までぼやけてしまいそうなそんな危機感も出てくる。
いくら絶滅危惧種保護観察員が増員されて安全保障もガッチリ万全のものになったとしても、ゼクとかプニー、あとお姉様がしっかりやっていたとしても、あたし自身ってば、いつまでも何にもできないってのは心境的にも苦しい。
そういう風に考えるようになったきっかけは、実のところ、ここ最近でどっさりと出てきた。
まず、以前からやっている情報提供のアレもそう。マイチューバーの真似事みたいなことをして、想像してたより圧倒的な反響あって嬉しいんだけど、継続していくうちに自分の引き出しのなさを痛感してきている。
たまにもらうコメントでも、あたしの知る言語の中にはない表現みたいのも多かったりするし、いくら
他にも、まあ、例の先代プニカの乗っ取り未遂事件もそう。
あたし自身、結局何もすることなく全部解決してしまったあの事件。
今後もああいったことは起きないようエメラちゃんたちも頑張ってもらっているけれど、いざのいざ、万が一にでもそういう場面に出くわしてしまったときに、またあたし自身が何もできないままでいるなんてさすがにまぬけすぎる。
一応、一応ね、一応という言い方もアレなんだけどね、あたしも今後の人類の将来を担う立場になると決めた身だし、今後の将来、ええと、子孫。子供を育てていくというか、そういう側になるのだから、無知ではいたくない。
で、実のところ、ちょっと前にも勉強をしようとしたことはあったのだけれども、今の時代の学力レベルがヤバいくらいインフレしてて一時断念していたりするわけだ。
だから、グレードを下げるということではないんだけど、まずは初歩の初歩、言語についての勉強を進めていこう。そう思ったわけだ。
やっぱり、言葉分からずして勉強ができるかという話だ。
「この『ノア』でも既に複数の言語が使われているッス。ゼクラさんもプニカ先輩もキャナさんもみんな違う言葉を使っているッスよ」
「ま、まあ、そうよね」
全員生きていた時代も違うしね。
なんか万能翻訳機があるから何事もなく普通に会話しちゃってるから普段もあまり意識はしていなかった。
「誰の言語を勉強してみるッスか?」
「うーん、どうしよっかな……」
ゼクの言葉を学ぶのもいいなぁ、とは思ってみたけど、歴史的な話をするとゼクも云十億年前の人だし、仮にも現代を生きようとしている身としては不適切か。
お姉様だって三百年くらい前の人じゃなかったっけ。それを言い出したらプニーも似たようなものなんだけれども。
「ええと、この『ノア』で元々使われている言語ってあるの?」
「勿論あるッスよ。プニカ先輩の使っている言語がそうッス。言ってみればノア語ということになるッスかね」
「じゃ、じゃあ、ノア語にしよっか」
などと安直に決めてしまった。
実際問題、それがどういう言語なのかも分かっていないのだけど。
「分かったッス。では、早速この図書館からデータをインストールしてテキストを作成するッス」
そういってエメラちゃんは驚くほどすんなり、何も疑問をつきつけることなく二つ返事で承諾してくれた。
どうしてまた突然言語の勉強なんだ、という至極当然のツッコミもなく、優しく受け入れてくれることに、あたしは軽く涙しそうなくらいだ。
そうこうしているうちに、エメラちゃんの手の中に、本のような形状をした端末がサラサラサラ~っと生成されてきた。実際、教科書にしか見えない。
表紙には「やさしいノア語」と日本語で書いてある。ちゃっかりあたしの母国語に配慮してくれちゃってる辺り、さすがと言わざるを得ない。
「どうぞッス」
「ありがとう、エメラちゃん」
にっこり笑顔でエメラちゃんからその端末、というか教科書を受け取る。
開いてみれば勿論のことだけど中身は紙製ではなく、折りたたみ式タブレット。
十分に発達した科学的な技術は魔法と見分けがつかないとはよく言ったもので、ほんの一瞬でこんなものを作り上げた技術力には度肝を抜かれる。
本当にたった今作り上げたものなんだろうか。そう思わされるほど。
早速コレで手始めにノア語を勉強していこう。
そう思い、起動したテキストの目次ページからフリックしていく。
すると、当たり前のことながら、見たこともない文字列が表になって表示された。
英語のような筆記体でもないし、象形文字でもなく、機械チックなフォントだ。
定規をいくつ使えばこんなにもキチキチとした文字を書けるのだろう。
そもそも、筆やペンを使って文字を書くということ自体、しないのかもしれない。
何より驚いたのは、見たこともない文字ではない、その数だ。
あたしの知る文字といったら、ひらがなカタカナでもそれぞれ五十かそこらで、アルファベットにしても二十六程度のものだ。
ところが、ノア語ときたら、軽く二百は超えている。ご丁寧に発音の仕方も日本語の振り仮名つきで書かれてはいたのだけれども、これがまた不可解だ。
「てゃりぁ、あゃかゅ、すょたゅ……?」
どうやって発音するの、コレ?
外国人が誤って日本語訳した文章なのかと思うくらい、奇怪な振り仮名がついている。今、自分の口で発した言葉も、多分正確ではないのだろう。
これが二百だかそこらある。文字の形と発音の仕方を覚えるだけでも難易度がヤバすぎるということだけは一瞬で理解した。
しかもこれ、言葉じゃなくて単文字よ?
単語になったらさらに組み合わせなければいけない。
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