シングルナンバー (2)

 ザンカと共に上に戻ってみると、なかなかカオスな状況と言わざるを得ない光景が広がっていた。

 ズーカイは、また腕を増やし、縦横無尽にゴロンゴロンと転がるような勢いで端末と格闘している。言語力が崩壊しているのか、何やら理解の及ばない言葉を延々と呟き続けている有様だ。

 その直ぐ近くのモニターに映し出されているジニアも、黒い煙を噴く焦げ付いた機械らしきものの山に囲まれながらも必死にパーツの分解に挑んでいる。

 ゾッカに至っては、何処からが身体で、何処からがパーツなのか分からない有様で、ガラクタの山の中でガチャガチャと泳いでいる様子が窺えた。

 それぞれが何をしている状況なのか、これ以上は筆舌に尽くしがたい。少なくとも言えることは、相当な苦戦を強いられたということだろう。

「ザンカ、もう一度聞くが、本当に問題ないのか?」

「任務に支障はない、という意味です」

 室内に展開されているモニターを見る限りでは敵の姿は確かに見当たらない。レーダーの中にも、索敵された様子もない。護衛対象を守り抜くことが任務ならば支障はないという言葉に語弊はないのかもしれない。

『くっそ、プロテクトブレイカーが完全にイカれちまった! おい、ゾッカ。補完用のパーツだ。ブラスター用のシリンダーと高圧圧縮カードリッジの予備!』

『代用品、で我慢してくれないか。もう損壊しすぎて、交換できるパーツ、ガ』

 あれは機関室の方だろうか。すっかりスクラップ置き場みたいなことになってしまっているが、大丈夫なんだろうな。一応『サジタリウス』号の動力はやられていないみたいだが、鬼気迫るものを感じる。

 そっちの方までやられてたら正直シャレになっていない。

「二人がいるから大丈夫ですよ」

 俺の顔色をうかがってか、ザンカが言う。

 確かに見る見るうちにスクラップだったものが加工され、一つの機械へと組み上がっていく。どういうテクニックを用いればあんなアクロバティックな整備ができるのかは甚だ疑問ではあるが、不安を拭うには十分だった。

「ジリ貧ではない……んだよな」

「心配性ですねぇ、ゼクラさんは。ちゃんと次のプランもあります。ズーカイさん」

「はい、こちらです」

 いつの間に落ち着きを取り戻したのか、腕が二本になっていたズーカイが立っていた。そして促されるまま、何かを出力して大きく表示させた。新しいルートのようだった。今『サジタリウス』号のある位置からかなり近い座標にソレが確認できる。

「機械民族に統治された惑星『セレーネ』です。我々にとっての休息ポイントと言っても差し支えないでしょう。予定を外れて惑星『カリスト』に寄ることになりましたが、本来のルートに戻りました」

 なるほど、今回の任務の中間地点か。確か当初の予定ルート内にあった気がする。あの無法地帯と違って、十分な物資を今度こそ安全に確保することができるというわけだ。

「敵艦隊を振り切った今なら追われる心配もありません」

 ホッと一息ついた様子でズーカイが言う。コイツも流石に疲弊していたのだろう。少なくとも『サジタリウス』号を守るために俺よりも活躍していたんじゃないのか。

「惑星『セレーネ』の周辺まで出張ってくる間抜けな輩もいないでしょうしね。ようやく我々の旅も折り返し地点まで来ることができましたよ」

「ようやく休めるのか……」

 自分の言葉に、肩から一気に力が抜けてきた気がする。

 ここに来るまでに不眠不休だったかといえば、別段そんなことはなかったが、少なくとも安眠が確約されたこともなかった。気休めの休息よりも安息の休息だ。

「十分に羽を休めましょう」

 疲れた顔のザンカが言う。

 こっちの渡航領域に来てからというもの、延々と追われ続けていた記憶しかない。あたかも宇宙の全てが俺たちの敵なのかと思わされるほど。

 やはり護衛の任務というものは勝手が違う分、いつも以上に色々なものを消耗した気がする。よくもまあ、少数精鋭とはいえ生き延びられたものだ。

 まだ残り半分あると思うと気が重くなってしまうところだが、少しでもこの暗鬱な気分を払拭できるよう、惑星『セレーネ』ではゆっくりと休ませてもらおう。

「ふぃー……、危うく燃えかすになるとこだったぜ」

「新しい、資材が入ると、いいです、ネ」

 ジニアとゾッカの二人が現れる。何やら黒い煙にまみれながら。

 ずっと機械いじりをしていたのか、妙に焦げ臭い。

「おい、ズーカイ。その『セレーネ』ってのにはいつ着くんだ?」

「サイプレス係数で三日」

 そういってズーカイは指を三本立てる。なんともシンプルな答えだ。大体四十時間くらいと言ったところだろうか。もっと違う数値を出せなかったのか疑問だが。

「この短期間、で『サジタリウス』号にも、かなり無茶をさせましたし、ここいらで、整備もしっかり、やっておきたいです、ネ」

「我々用のドックも借りられるようですし、そっちの方も存分にやってもらいたいところですね。ここのところ、ろくに整備できなかった気がしますし」

 最後にやった整備といったら『カリスト』のとき以来だと思うが、アレをまともな整備に分類していいのかどうかは悩むところだ。ジャンク品やらスクラップやらである程度の補強はできていたと言えなくもない。

 ちゃんとしたパーツ等を入手できて、しっかりとしたドックで整備ができるというのならこれ以上の好条件もあるまい。なかなか移動ばかりが続いていると、その辺りが疎かになりがちだし、この機会を逃す手もない。

「あぁ……気が緩んできちまったぜ。オレぁちょっと休ませてもらうわ。へへっ」

 愉快そうに笑いつつ、大きくこれ見よがしな欠伸を見せ、ジニアが去っていく。

「まだ油断しないでおいてくださいね。振り切ったとは言え、追っ手がこないというわけじゃないんですから」

 それもそうだ。ここからまた新たな敵艦隊が現れる可能性もゼロではない。

 とはいえ、機械民族の統治する惑星の近傍ともなれば、いわばこちら側のテリトリーも同然。わざわざ喧嘩を売りにくる方が珍しいとは思う。

 できれば何もこないでいてほしい、そんな希望的観測を抱きつつも、俺の手元にあるZeusに意識が向く。これ以上の回り道は正直流石に勘弁被りたいところだ。

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