第四十三章
シングルナンバー
「――ザンカさん。ステルス、看破されました。敵影、接近中」
「またかよ! おい、ザンカ! お前のプロテクトがザルすぎるんじゃねぇのか?」
「今はそんなこと攻めてる場合じゃないでしょ! 早く迎撃の準備を!」
慌ただしくも見慣れた『サジタリウス』号の嵐のような情景を目の当たりにして、俺はまた途方もない疲労感を募らせていた。
四方八方、オールレンジを映し出すモニターには夥しいとしか表現しようのない無数の敵の艦隊の姿が見えていた。標的は全て俺たちの船、『サジタリウス』号だ。
「ゾッカ、お前もジニアの支援を頼む。俺は出撃に回る。ズーカイ、旋回して攪乱させるんだ」
「了解、ダ!」
「了解です!」
まさに休む暇もないとはこのことだろう。奴らも消耗戦を狙っているに違いない。
「おい、ゼクラ。オレらの攻撃の巻き添え食うんじゃねぇぞ?」
「せいぜい俺の邪魔をしないようにな」
迅速に、早急に。俺は昇降機へと飛び込み、Zeusを構える。時間が停止するかのような錯覚の中、脳裏に洪水のような計算式が流れ込んでくる。精密さをより鋭く尖らせていく、緻密で綿密な情報が俺の道を指し示す。
重力という拘束から解放された俺は光速で飛び立つ。もう俺の背後には『サジタリウス』号の姿を確認できない。その代わりに、『サジタリウス』号から放たれる砲撃が俺の横をかすめていった。無論、避けると意識する前に俺はもう避けている。
敵を捕捉し、超高速の微細な補正による絶対不可避の攻撃も、俺に当たることは万が一にもない。
【ブレード:展開】【キャノン:展開】【ブースト:解放】
脳内の情報を反映するかの如く、視界の中にまた情報が出力されてくる。腕は刃に、また銃器に、さらには俺の速度も加速がかっていく。はたして今の俺の血肉には何が流れているのだろうな。
たった今、遠くに見えていた戦艦が目の前に迫り、そして真っ二つに両断され、確認する間もなく粉砕される。追撃とばかりに『サジタリウス』号の砲撃を食らって、言葉通りに宇宙の塵と化した。
ほんの数秒前までは『サジタリウス』号よりも巨大だったくせに、残骸の一欠片すらもはや俺の身体よりも小さい。なんともはや呆気ないものだ。
そうこうしているうちに進行方向の先に、閃光が迸る。
【シールド:展開】
瞬時に、俺の視界が白に染まり、また直ぐ元の情景を取り戻す。四方からの同時攻撃を直撃させられたようだが、無傷で耐えられたようだ。想定していたより防御面の方も順当に強化できている様子。ゾッカには感謝の言葉もない。
さて、わざわざ集中砲火を受けるような地点まで飛び込んできたのは何も敵影に気付かなかったから、というわけではない。ましてや攻撃を避けなかったのも、避けられない状態だったから、というわけですらない。
【ブラスター:展開】【ブースト:全開】
俺の右腕から、ソレが突き出る。
それはそれは、あまりにも自分の腕には不釣り合いなもので、強いていうなら不格好としかいいようがなく、だが今の状況には最適解となる代物。
突き出した俺の右腕の先は、身体の構造から考えればバランスがおかしいくらいに巨大化した発射口と化し、次の瞬間には恒星と見間違うほどの高火力のエネルギー砲が目の前の全てを覆い尽くしていた。
勿論、そんなものが俺の腕から発射されているということは、反作用的な意味で俺の身体も必然と吹っ飛ばされていく。おおよそ不規則に近い軌道を描き、超火力のエネルギー砲は周囲にまき散らされるように放たれる。
端から見たらおそらくは奇怪な動きをしていたのだと思う。
自らの腕から発射されたエネルギー砲によって超高速でグルグルと旋回しながら、周囲の戦艦を次々に撃破していく様など、後でジニアの笑いの種にされかねない。
別段、俺も自身の腕のなすがまま適当に振り回されているわけでもない。ブーストの能力を加味して計算した上でやっているし、その証拠に不規則に見えたエネルギー砲も、的確に戦艦に直撃させている。
十分な数の殲滅を確認すると、ブーストを調節し、エネルギー砲の方向を一点に定めて精巧な推進力へと切り替えた。さながら彗星か。
これだけのエネルギーを生成、圧縮する技術の開発は俺にも、はたまた俺たちにも為しえなかったものだろう。人類の遙か先を行く高度な文明を持つ
俺たちの、シングルナンバーの最終兵器、
そんなものの回答など何処にもないのだが。
『ゼクラさん、こちらです』
通信からズーカイの声が聞こえる。座標を確認すると、旋回していた『サジタリウス』号が丁度付近まで来ていた。進行方向をそのルート上へと微調整。
刹那、光速で宙を走る『サジタリウス』号が視界の端から目の前に迫り、恐ろしい手際の良さで俺の身体は回収され、無事『サジタリウス』号へと帰還を果たす。
思わず、ハァと溜め息をもらしてしまう。
事の始まりと終わりが、ものの一瞬だった気がする。ほんの今しがた、俺は宇宙へと飛び出し、そして戦艦を幾つか破壊し、今は既に戻ってきている。
「ゼクラさん、お疲れさまです」
ぼんやりとしていたらいつの間にかそこにザンカが立っていた。
「ああ、そっちもな。状況はどうなってる?」
「こっちは問題なしですね。上手いこと振り切れましたし、ゼクラさんのおかげで、大部分は逃亡しています。さすがですね」
「そうか……ならよかった」
「これでもうしばらくは休めるでしょう。どうですか、体調は」
「まあ、悪くない。ゾッカと、ついでにジニアにも感謝しておかないとな」
以前よりもZeusの負担が軽減されているのは確かだろう。それだけはハッキリとこの身で体感できている。何せ、自前の足で立てているのだから。前だったらこうはならなかったはずだ。
人類の最終進化系などと謳われているシングルナンバーも、これこのように着々と成長を続けている辺り、まだ進化の余地があるように思えてしまう。所詮は次の世代に淘汰されていく存在なのかもしれない。
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