正義の味方なんかじゃない (3)

「で、ゼクラにぃに。さっきも言った通りなんだけど、あたいたちはこの町で生きていくには力が足りないんだ。しょーじき、限界って奴でさ」

 誰がゼクラにぃにだ。変な呼び方を追加しないでもらいたいのだが。

「助ける義理などない。冷たい言い方をしてしまうがな」

 大体、今日出会ったばかりの子供に何をしろというのか。

「お、お金なら将来稼いで払うし、なんだったら小間使い、雑用、なんだってやるよ! こ、こう見えてさ、あたい、奴隷だったんだ。そういうのは慣れてるぜ!」

 威張って言えるような経歴ではないだろう、それは。

「命令するなら従う。その、男の処理? だってちゃんとやってやるよ」

 多分お前それの言葉の意味分かってなくて言っているだろう。

 子供に懐かれるとろくなことがない。特に、日頃ハングリーに苛まれている相手に施しをしようものなら尚更のこと。ないものが目の前に差し出されている高揚感でいっぱいになってしまうのかもしれない。

「もう……頼れるものが、何もないんだ……。他のにぃにもねぇねもみんな捕まって殺されちゃったし、あたいもいつどうなるか分かんないし……、でもこんなあたいをみんなは頼りにしてくれてるし……」

 ブロッサの膝が折れる。弱々しく、へたり込む。

 ボロきれの下から覗かせる素肌は生傷だらけ。手も足も痩せ細っていて頼りない。

 こんな容姿で、子供たちに頼られ、面倒みていたという境遇は同情の余地はある。

 ただ、情にほだされている場合でもないことも事実だ。

「俺にできることなど、たかが知れている。なんだ、何をしてやればいいんだ? ミザールを崩壊させるか? アルコル・ファミリーを殲滅するか? なんだったらこの惑星ごと滅ぼしてやろうか? 俺にはできる。全てを破壊できるだろう」

「じゃ、じゃあ――」

「だが、何も守ることなどできやしない。お前も、そしてお前の守りたい子供たちも俺の手で何ができるっていうのか」

「そ、そんな……、だって凄い力を持ってるのに……」

「ツェリー、お前はまだ勘違いしているようだが、俺はお前の思うような、正義の味方なんかじゃない」

「あたいたちは……どうしたらいいの? 勝手に売り飛ばされたり、勝手に捨てられたり、勝手に邪魔者扱いされたりして、このまま足掻きながら死ぬしかないの?」

 ブロッサの拳が地面のガレキを殴りつける。

「ゼクラにぃにには奴隷にされたあたいの気持ちなんて分からないからそんなこと言えるんだ。生まれ持った地位とか才能とか全部最悪だったあたいの気持ちなんて!」

 泣きじゃくりながら嗚咽まじりに言葉を吐き捨てられた。

 喉奥に何かを詰まらせた気分。俺の中に色々なとっかかりがあったのだと思った。

 ようやくして、そのモヤモヤの理由が分かったような気がした。

 深い、溜め息がこぼれる。

「――別に、俺も俺たちも生まれ持って恵まれてるわけじゃない。いっそのこと、生まれる前からそう。お前が羨ましがるような奴じゃない」

「どういう、意味?」

「言葉の通りだ。俺は機械民族マキナの技術で造られた人造人間。その生涯を奴隷として仕えるために生み出された存在だ。遺伝子操作によって生まれた俺には親の存在すらない。最初から、生まれたときから奴隷なんだ」

 別に今更、ましてやこんなスラムの隅っこで生き長らえている子供に説明するまでもない話だ。ただ、そのあまりの羨望の眼差しが俺には辛かったのだと思う。

 自分なんかとは違う。奴隷なんかとは違う。そんな目で見られることが。

「俺の力が羨ましかったか? そうだろう。細胞ごと造り替えられて常人のソレとは大きく異なるからな。人類が行き着いた最終進化形態とも呼ばれている。だがな、その代償として命が削り取られているんだ」

「へ……?」

「お前がこの先、生き長らえたとしても、お前が大人になる前には俺は死ぬ。代わりなどいくらでもいる使い捨ての兵器なんだよ」

 教える必要のないことを、吐き捨てるように言い放つ。

 はたしてその言葉は目の前のブロッサに向けられたものだったのか、はたまた俺自身に向けられたものだったのか。

「ツェリー、お前の知っている世界は狭いぞ」

 シンと静まりかえった開発途中の地下都市に、冷たい風が抜けていく。天井を眺めれば空は直ぐそこにあるように見える。大きく避けた亀裂の先に広がる青いソレが。

 さらにあの先の先、成層圏を突き抜けた先に広がる海の存在を俺は知っている。

「ここは……この惑星は、人類の掃き溜めだ。今の時代、多くの人類は機械民族によって統治されている。生きることを保障される代わりに、あらゆるものを機械民族に捧げている。そんな世界を嫌った連中の巣窟なんだよ」

「そんな小難しいのよく分かんねぇよ。何が言いたいんだよ」

「お前は今日を生きて、明日を生きて、その後はどう生きていくつもりだ? いずれ尽きる命をどう生きていくつもりなんだ?」

「どうって……生き抜いて将来は普通に暮らしていけるようになりたいかな、って」

「お前一人なら可能かもしれない。ただ、それをあの子たちと共に背負っていくのは大変だろうな」

「だ、だからあたいはゼクラにぃにの力を……っ!」

「さっきも言ったが、俺は機械民族の奴隷なんだ。機械民族に管理されている立場にある。もし俺がこの惑星に関与してしまえば、そのときは惑星の処分が決められるということに等しい」

「……ぜ、ゼクラにぃにはあたいたちの敵、なのか?」

「別に俺は敵になったつもりも、なるつもりもない。だが、ひとたび機械民族の指令が下れば俺はツェリーの敵に回るだろうな。そうならないためにも、俺はさっさとこの星を離れてここで起きたことは全てなかったことにしたい」

「それじゃあ、あたいたちは一体どうしたらいいんだよ! ……どうしたら」

 泣き面を伏せるようにブロッサは地面へとうなだれる。

 俺が手を差し伸べることは、ろくでもない結果に結びついている。あるいは、子供たち全員を連れて、違う惑星に連れていくこともできるのだろう。しかし、そうしたことで果たして幸せな生活を送れるかどうかなど確約できるはずもない。

 ひょっとすれば、機械民族によって処罰されることも考えられる。

 どうしたって、俺が望む結果を与えることはできない。

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