第三十九章

面倒

 大した戦闘力もない子供に襲撃されたとは、『サジタリウス』号も希有な災難に見舞われたものだ。

 まだ大して町にも踏み込んでいないのだが、面倒はなるべく避けたい。

 ダルそうな表情を浮かべふてくされたジニアをなんとか説得しつつ、俺たちは足早に『サジタリウス』号へと戻った。

 そう思って帰ってきた『サジタリウス』号は想像を絶する無法地帯と化していた。

「きゃははははっ!!」

「兄ちゃんおやつぅー! もっとぉー!」

「何これ面白ーい! どうやって飛ぶのー?」

 なんだ、この状況は。船内そこかしこを子供たちがはしゃいで回ってる。

 なんで俺たちと幾多の戦いを共にしてきた『サジタリウス』号が託児所みたいになっているんだ。

「おい、ズーカイ! ゾッカ! これはどういうことだ!」

「面目ないです、ゼクラさん」

 小さな子供を肩車したまま現れたのはズーカイだった。

 何を遊んでいるんだ、お前は。

「子供たち、が、来たので、追い返そうとした、のですがね。勢いよく、きた一人の子供が、転んで、怪我しまして。ズーカイ、さんが、その、介抱したという、カ」

「おやつあげたら懐かれました」

 その一言に全てが集約されていたようだ。

 それで子供たちに危険ではないと判断されたのか。

 親のいない孤児たちだ。常に腹をすかせているだろうし、食い物なんて施したらそうなるに決まっている。

 この懐きよう、すっかりズーカイに餌付けされてるみたいだ。

「ズーカイさん、あなた、我々の食料を……!」

 ザンカも当然ご立腹だ。

 よくよく床を見てみたら、保存食の残骸が散らかっている。かなり食い荒らされたようだ。これから調達する予定だったとはいえ、なんてことを。

 確かにこれは手に終えない状況だろう。

「イヨ、シダ、ワズ、ゲン。僕の仲間が帰ってきましたよ……それにヤエももう降りてください」

 しっかり名前まで覚えているんじゃない。それは一番愛着が沸く奴だ。

「五人で全員か?」

「あと一人、オウが何処かにかくれんぼしています」

 完全に『サジタリウス』号が遊び場にされているじゃないか。

「おいこらガキ共! とっととオレたちの船から下りろ!」

「きゃああぁぁ!」

「こわぁい!」

「逃げろ~っ!」

 ジニアが吠えると、悲鳴を挙げて一目散に子供達がワッと逃げ出していってしまった。それはそれで逆に面倒な奴だ。この『サジタリウス』号も狭くないんだぞ。

「ダメですよジニアさん、怖がらせちゃ。面倒なことを増やしてどうするんですか」

「チッ、これだからガキは」

「ザンカ、索敵サーチできるか?」

「コード持ってない子供ばかりなので、全員目視ですよ……やれやれ」

 呆れた顔を浮かべつつ、ザンカは渋々と映像を出力。ザンカを中心にドーム状に展開されていき、『サジタリウス』号全域の内部構造を見渡せた。子供達が逃げ惑っている姿もありありと映し出されている。

「マーカーつけました。これで追尾できますよ」

「こんなことしてる場合じゃないんだがな……手分けして全員保護するんだ。うっかり怪我させるんじゃないぞ」

 これから物資を調達しに行こうってときに何を無駄な時間をとっているのだろう。そう思うと溜め息しか出ない。

「すみません、ゼクラさん。僕のせいでこんなことに」

「ズーカイ。別に孤児を思いやる気持ちを否定しやしないさ。ただ、差し伸べる手はいくらあっても足りない。俺達は正義のヒーローにはなりきれないんだ」

「はい……」

 大体、今は六人程度で済んでいるが、さっきのスラムの子たちを含めると二十人や三十人じゃ済まされないだろう。しかも、それですらほんの一角に過ぎない。全員を保護して全員を助けるなんて大仰なことは俺達にはできない。

「ったく、鬼ごっこかぁー……手加減する方が面倒だぜ」

「ジニアさん。力加減間違って床とか壁に穴を空けるのは無しですよ。いちいち直すのも面倒なんですからね」

「わぁーってるっての! ちゃんとセーブすんわ」

 そう言ったジニアが新開発した武器の試射で壁を破壊したことは記憶に新しい。

 外敵からの攻撃よりもそっちの方の被害の方が多い気がする。

「まず一人、捕まえたぞ」

「あ、あれ?」

「はいはい、こっちも捕まえてきましたよ」

「ふぁ?」

「ヤエ、確保しました」

「わぁい、ズー兄たんに捕まったぁ」

 なんとか秒で三人、保護することができた。

 一方の保護された子供達は自分の身に何が起きたのか、あまり理解できていない様子だ。キョロキョロとして、若干夢見心地のような、きょとんとした顔をしている。

「おじちゃんたち、魔法使えるの?」

「すごーい。びゅーん! びゅーん!」

「ズー兄、もっかい! 今のもっかい!」

 それぞれポケーっとした顔で言われてしまう。誰がおじちゃんだ、誰が。

「みなさん、早い、ですね。いやはや、本当に生身、なのです、カ?」

 若干遅れてやってきたのはガシャンガシャンという金属音と、ノイズ混じりの声を響かせてくるゾッカだった。生身の方の腕でしっかりと子供を抱きかかえている。

「おい、ジニア、お前だけだぞ。何をボーッとしてるんだ」

「間違って子供の骨を折らないでくださいよ」

「チッ」

 舌打ちの直後、ジニアの姿がヒュン、と消える。そのコンマ数秒後、ゴチンという強烈な金属音が向こうの部屋から聞こえてきた。何かを蹴り飛ばしたようだ。

 二秒後ぐらいだろうか、両腕の中に子供を一人すっぽりと抱え込んでジニアが戻ってきた。一応、気を遣ってはくれたようだ。

「コイツで終わりか?」

「うー、はなせー」

 腕の中でウゴウゴともがく。嫌悪感が凄い。

「いえ、後、オウが残っています」

 さっきかくれんぼしているとか言っていた子か。なんで子供から目を離すんだ。一応大体のところはロック掛かっているとは言え、この船内は物騒なものがそこかしこに詰まっているんなんだぞ。

「ええと、解析。下層ら辺に生体反応。これですね」

 ザンカの出力してきた映像は、格納庫だった。小さな女の子が一人、床にごろんと寝っ転がっている。隠れているうちに眠ってしまったのか。

 確かあそこには今、ネクロダストが置いてあったはず。あれは厳重にロックも掛かっているし、俺達にも開封することもできない代物。触れられて困るようなことはないだろうが、何があるかも分からない。

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