無法地帯 (4)

「ツェリー、いやブロッサだったか。俺たちは先を急いでいてな。あまり構ってやれないんだ」

 膝を折り、頭を撫でてやる。

「こ、子供扱いすんな!」

 それが癪にさわったのか、ブロッサは一歩飛び退いて小型の銃を懐から出してくる。しかし、銃口の先は震えてしまっている。さっきの子もそうだったが、扱いに長けているというわけでもないらしい。ただの脅し用か。

「我々がアルコル・ファミリーだったらどうするんですか」

「はっ! 違うね。アイツらには仲間のエムブレムがあるんだから!」

 なるほど、どうやら俺たちにアルコル・ファミリーのエムブレムがないと見て踏み切ったのか。ちゃんと相手を選んでいたようだが、それでも相手が悪すぎる。

 実力差、武力差はもう思い知ったはずだろう。

「おチビちゃんよぉ。時間稼いでるとこ悪いけど、仲間たちが戻ってきてるぜ?」

「なっ!?」

 多分、俺たちの足止めをしてその隙に仲間を逃がす作戦だったんだと思う。一度は周囲から逃げていく気配は察知できたが、それがまた戻ってきていた。

 ブロッサにとっては想定外だったのだろう。

「ツェリー姉ちゃんをいじめるなぁ!!」

「お姉ちゃんを食べないでぇ!!」

「うおお! ツェリーの仇ぃぃ!!」

 四方八方、果てや屋根の上からも子供たちが押し寄せてきた。

 ナイフやら金属棒やら、物騒なものを構えて一斉突撃か。

「バカ! お前らは逃げろ! なんで戻ってくんだよ!」

 ジニアもザンカも何かしかけたが、とりあえず咄嗟に俺は二人を制止し、黙って立ち尽くすという選択をとる。

 バコンと金属棒で頭を殴打され、棒の方がひしゃげる。ガキンとナイフが折れて柄の部分だけ残される。

「ひぃゃぁぁ……っ!」

「ば、ば、化け物ぉ……!」

「なんで生きてるの!?」

 そんなもので俺たちを容易く撃退できると思うなよ。

「うああぁっ!!」

 とうとう目の前のブロッサも錯乱したまま発砲してきた。

 銃弾は明後日の方向に飛んでいきそうだったので、キャッチしてやる。危うくお前の仲間を撃ち抜くところだったな。

「危険なお遊びはこのくらいにしておけよ」

 もはや放心状態のブロッサに向けて、銃弾をポイッと投げて見せた。地面の上、金属音が跳ねる。それが合図だったかのようにペタンと尻餅ついて、ブロッサの顔はひきつった笑みを浮かべていた。

 本当の恐怖を味わったとき、人は笑うことしかできなくなるらしい。まさにその状態なのだろう。

「ツェリ姉をいじめないでぇ……」

「お姉ちゃんはたしゅけてぇ……」

 わらわらと子供たちが群がってきた。我が身を盾に、ということなのだろう。

 年長者だからなのか、ブロッサがこの界隈の子供たちにかなり慕われていることがよく分かる。

 こちらとしては危害を加えるつもりなど毛頭ないのだが。

 それにしてもかなりの数だ。

 無法地帯だとは聞いていたが、まさか子供の溜まり場だったとはな。おそらく殆どが親をなくした孤児なのだろう。

 このブロッサのように何処ぞの奴隷商に売られたのか、はたまた抗争に巻き込まれたのかは知らないが、秩序のなさを伺える。

 こんな年端もいかない子供らでは日々の生活もままならないだろうに。日頃からこうやって追い剥ぎみたいなことをして生きてきたのか。

「ゼクラさん、同情してる暇はありませんよ。我々も余裕はないんですから」

 正論だ。こっちも任務の途中なわけだしな。

「俺たちは善良なる旅行者だ。これ以上何もしないなら見逃してやる。今度目の前に現れたら次はないと思え」

「ひっ!」

 睨み付けた途端、子供たちは一斉に逃げ出した。もちろん、ブロッサも引きずるように連れて。あとには砂ぼこりしか残っていない。周囲の気配はなくなり、完全にゴーストタウンと化してしまった。

「その目で善良なる、はないでしょう、ゼクラさん。完全に悪党ですよ」

「へへへっ、悪魔でも見た顔してたぜ、ガキンチョども」

 何とでもいってくれ。面倒ごとは被りたくないからな。

 まったく、よく分からないチンピラに絡まれるわ、子供たちに襲撃されるわ、まさに治安のなっていない無法地帯の洗礼をこれでもかというくらい受けた気がする。

「さて、余計な道草を食いました。ここはまだ町の入り口です。さっさと中央街に向かいましょう」

 やれやれといった呆れ顔でザンカが移動を促す。この先に進んだらもっと厄介な連中が飛び出してくるんだろうな。

「できれば、死人は出さないように願いますよ。特にジニアさん」

「へいへーい」

 多分、俺が止めてなかったら子供の首が二つか三つは宙に跳ねてたな。俺もなるべく気を付けていかねばなるまい。

「そういえば、俺たちの船の方は無事か?」

 少し離れているとはいえ、あの子供たちが俺たちの船に気付かないわけがない。あれだけの数がいたんだ。向かっていてもおかしくはない。

「あの二人がお子さまたちにやられるとでも?」

「いや、うっかり殺してしまってないかと思ってな」

 ズーカイなら真面目に外敵からの防衛に徹しているだろうし、ゾッカもなんだかんだ武装を強化して警戒しているはずだ。

 二人の協力が合わされば何人も逃さない要塞と化すことは目に見えている。

「……まぁ、ちょっと連絡入れてみましょうか」

 ザンカも流石に不安を覚えたのか端末に手を触れる。

「ズーカイさん、ゾッカさん、そっちの様子はどうですか?」

 少しの間を置いて、申し訳なさそうな調子のズーカイの声が聞こえてきた。

『すみません、ちょっと始末に終えないです』

 何をやらかしてしまったんだ。高まる不安の中、通信の向こうからはあろうことか、子供の騒がしい声が聞こえてきた。

 やはり、予想していた通り『サジタリウス』号も狙われていたのか。

『ズーカイ、さんが、調子に乗る、からこうなるん、ダ』

 不機嫌そうなゾッカの声も聞こえてきた。よもや、手遅れだったか。

『現地民と思われる子供たちの襲撃に遭ってます』

 聞く限りでは端的に困り果てた様子だ。

「こちらも似たような状況だ。一先ず追い返したが、そっちは大丈夫なのか?まさか危害を加えていないだろうな?」

『その点に、ついては、問題ない、ガーー』

 通信の向こうから何かが暴れているような音が聞こえた。

 子供たちに違いないだろう。

「分かった、今から戻る。待ってろ」

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