古の王妃 (2)

 薄闇にまみれる煤けた黄土色のそらを、『サジタリウス』号が流星の如く走り抜けていく。指定されたセクターまで間近に迫っていた。外界を出力するディスプレイからは金属製の惑星がそこかしこに漂っている。

 それに混じり、いやに攻撃性の強そうな防衛網が目に付く。いずれも『サジタリウス』号よりも二回りは巨大な戦闘船ばかりだ。敵対する危険因子が近づこうものなら、塵も残さない意志を感じるほどの威圧感を全方位から放っている。

「随分とピリピリしてるじゃねぇか。へっへっへ」

 ジニアが愉快そうに笑ってみせる。この尋常ではない警戒態勢を見て、そんな感想を抱けるというのなら呑気でいいものだ。

「まさかとは思うが、今回の任務に関係してるわけじゃないよな?」

「半分くらいは正解みたいですね。ここも戦地ですから、他にも色々と事情が重なっているようです。見てください、他のシングルナンバーも招集しているようですよ」

 よくよく見てみると、確かに俺たちと同じようなエムブレムをつけた機体も目に付いた。あれらはシングルナンバーの識別用のものだ。コードWやコードX、果てやコードRまで揃ってきている。

「へっへ、同窓会かよ。手荒い歓迎されてるのもあんな」

 中には、既に戦闘してきたのか、酷い損壊状態の船が移動タイプの小型コロニーで修復作業にあたっている光景もあった。なるほど、全部が護衛に関わっている話ではないようだ。

「指定座標まで着きました。あの惑星です」

 ズーカイがモニターを展開する。銀色にコーティングされた楕円形の星がそこにあった。俺たちを出迎えるように何隻かの船も待機しているようだった。こちらにも気付いているようで、取り囲むように接近してきた。

 そして誘導されるがまま、『サジタリウス』号は惑星へと向かっていった。


 ※ ※ ※


 惑星に降り立ち、広大な宇宙空港に足を着いたときには、張り詰める緊迫感が伝播してくるかのようだった。無論のことだが、あたたかい歓迎をされるような立場ではない。目を光らせた機械民族マキナたちがこちらを注視している。

「只今到着いたしました」

「ご苦労だった。Z-o-E-a-K-k-Rズィオエアケケラ

 一際武装の厚い高身長の機械民族の男が敬礼にねぎらいの言葉を添えてくる。今回の任務を担当する事実上の直属の上司のようだ。任務の度に司令官などコロコロ変わっていくからいちいち顔を記憶するのも億劫になっていく。

 しかし、この態度。どうやら悪くない司令官に当たったようだ。奴隷に向けて挨拶を試みる機械民族はそう多くはない。なんだったら主語を抜いて本題の命令から入ってきてもおかしくはない。

 酷いものとなれば見せしめとばかりに執拗に難癖をつけて、その場でするものもいるくらいだ。何せ、俺のような奴隷などいくらでも量産してきたからな。気まぐれの余興で潰された奴も何人か見てきた。

 時代は少しずつ変わりつつあるのかもしれない。

「これが件のネクロダストになる」

 浮遊しながら一つの黒い楕円形のカプセルが運搬されてきた。明らかに人一人分しか収容できないサイズだ。本当に単体らしい。普通に考えて、ネクロダストと聞いたらコロニーの一区画を切り取ったものを想像するのでは。

「言うまでもないが、機密事項になる。諸君らに中身を確認する権限はない」

 カプセルそのものはバリアによって完全に遮断されている。どの角度から見ても、あるいは何らかのツールによる手段を用いても中を覗くことはできないだろう。

「最低限の情報としては以上の通り。推定五十億年ほど昔の人類だそうだ」

 ザンカの調べ上げたものよりもかなり詳細にまとめられたデータが目の前に展開されてくる。取り立てて新しい情報はないが、思っていたより古かったようだ。

 気が遠くなるほど幾度に渡って回収と放流を繰り返してきたらしい。様々な情報が記載されているが、やはり肝心の何者であるかの情報が欠落している。

 女性ということまでは分かるが、どんな容姿なのか、どれほどの身分なのかまでも全く不明の状態だ。まあ、その情報は俺たちには不要なわけだが。

「このネクロダストは人身売買のブラックマーケットに流出していた。食肉加工の方のな。しかしカプセルの開封方法が不明であること、また出所が不明だったことから検挙され、押収された結果、こちらへ流れ込んできた」

 それはまた間一髪だったんだな。少し遅れていたらハンバーグだったわけだ。

 ネクロダストは一般的に言えば宇宙ゴミデブリだ。中に蘇生できる人類が眠っていたとしても、安易に目覚めさせることはできない。

 その問題は技術的な面も多いが、あらゆる権限の剥奪された身元不明の何者かに人権やその他諸々を付与した上で、住民手続きなどかなり面倒な手順を踏まなければならない。

 そのため、回収されてもそのときの現地の行政によっては放置されることも多い。

 それを別の視野で見たとき、利用しようとするものも当然現れる。大体は使い物になるようなものではないが、スクラップ品としての再利用や、今言っていた食肉加工などがそこに含まれるわけだ。

「調べたところ、人類居住区域となるコロニーから盗まれたことが判明。さらにカプセルには特殊な権限が付与されていたとのこと」

 厄介ごとの発端だな。その権限とやらが理解しかねる話。それは機械民族にとっても同じことだったのだろう。

「これをより詳細に解析すべく、ヒューマンの渡航領域に運ぶ計画を立てた。しかし、先のブラックマーケットの件にて想定以上に情報が漏洩していた。そのため、外部の組織がこのネクロダストに狙いを付け始めていたというわけだ」

 そんな足のつきにくい盗品の横流しくらいでそこまで発展していくとは。

 何百年程度のネクロダストなら今も何処かを無数に宇宙を漂っているだろうが、ものが何十億年ともなれば希少価値も出てくるか。

「諸君らに渡せる情報はここまでだ。このネクロダストを所定のポイントまで護衛してもらいたい」

 そういって座標情報のデータが転送してきた。それと共に敵対組織のデータも。

 その数が尋常じゃない。この網の目を潜っていかなければならないのか。

 今回の任務、たかが運搬くらいで大げさだと思ったが、今それを撤回しよう。

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