第三十七章

古の王妃

「新しい指令を受け取りました」

 神妙な面持ちでミーティングルームの中央に陣取ったズーカイが端末を操作する。

 俺たちは機械民族マキナの指令によって動かされる立場であり、これが俺たちシングルナンバーにとっての日常でもある。

 しかし指令がきたからといって、機械民族と対面してやり取りをするということはあまりなく、基本的にはメッセージだけで動かされる。

 指令に沿って動く限りは制限はないに等しい。

「今度は何処の惑星だ? 厄介な防衛網がないといいな。へっへっへ」

 緊張感を真っ向から砕くように笑い、ジニアが展開されたディスプレイを覗く。

「護衛……?」

 ザンカが首を傾げる。

 そこに書かれていたものは珍しい任務だった。まさかの護衛とは。

 とはいえ、別にそれ自体はないものではない。例えば、物資の運搬だって俺たちが請け負う任務だ。いつもの破壊活動と比べると、勝手が違う分、厄介ではある。

「護衛任務か。久しぶりだな」

 守るという建前上、俺たちはどんなことがあっても、命に代えてでも守ることを余儀なくされる。時には、壁となり、身代わりとなり、状況によっては殲滅任務よりも厳しいこともある。

 より身分の高いものであればあるほど、失敗したときの罰則は計り知れない。

 また、その重要度によっては常に外敵から狙われ続けることも考えられるため、なおのこと厄介な任務と言わざるを得ない。

「一体何処のお偉いさんだ? あ? ネクロダストぉ?」

 ジニアが素っ頓狂な声を挙げる。俺も合点がいくリアクションだ。

 てっきり国家に関わるクラスの要人か、はたまた居住区規模の大人数の護衛だと踏んでいたからだ。それがまさかのネクロダストとは。

 ネクロダストといえば、死体収容カプセルという認識で間違いないだろう。

 その中に入っているのは、為す術もない窮地に陥って難を逃れるべく仮死状態になったものか、あるいは何らかの理由によって排他されてしまったものか、はたまた寿命なり未知の病によって死を迎えた、本当の意味での死体だ。

 場合によっては蘇生が可能なこともある。

 いずれにせよ、護衛の対象がネクロダストというのは腑に落ちない。何せ、相手はどういう形にせよ死体なのだから。それに、ネクロダストに収容された段階であらゆる権限などは剥奪されるのが通例だ。

 それはつまり、第三者からしてみれば宇宙ゴミデブリでしかない。

「せめてどの程度の規模か情報はないのか? まさか、数万人クラスか?」

「いえ、単体みたいです」

 たった一人だけ? それも妙な話だ。

 ザンカが手元に付けた大量の端末を動かし、解析を始める。情報という情報がザンカの目の前を縦横無尽に飛び交い始める。

「少なくとも数十年、数百年、数千年レベルのものではないようですね。下手したら数億年前の人類の可能性も。記録に残っている限りでは、かなりの強い権限が付与されているようですが、その正体は明確には記されていません」

 全く意味不明だ。正体が不明なのにも関わらず、強い権限を持っているというのは一体どういうことなのだろう。

「古の時代の王族か何かでしょうか?」

「おそらくはその可能性が高いでしょうね。性別は女性。さしずめ、古の王妃といったところでしょうか。古すぎて情報の殆どが風化状態ですよ、まったく」

「何故、そのような、人物の、護衛なんでしょう、カ?」

 真っ先に出てくる疑問だろう。

「指令の端っこに記載されていますね。古代の人類である可能性が高く、希少なため、研究対象とする、そうですよ」

「今更人類の研究だぁ? しかもいつの時代かも分からんような化石までひっくり返してまでやることかよ」

 機械民族にとって、人類は掌握されているも同然だ。現に、俺たちという存在は機械民族の技術によって量産されている人造人間。より効率化を求めているという解釈が一番しっくりくるところだが。

 もしそうだとすれば、旧人類のデータを元にさらなる進化を極めた存在を生み出す計画だと考えられるだろう。わざわざ俺たちに回す任務にするくらいだ。

「最近回収されたネクロダストに収容されていたようですが、情報は既に拡散されていて、その貴重さゆえに狙っているものも多いみたいですね」

 指令には書かれていない情報までを何処からともなくわんさかと引き出してくるもんだ。さすがはザンカ。

「確かに、古代の人類の情報、なら垂涎、でしょう、ネ」

 ゾッカの価値観は少し分からないが。

 ジニアも言っていたが、いつの時代のものなのかも分からないような正体不明の人類にどれだけの価値があるのか、正直俺にはピンとこない。

 現代人類と古代人類の差は興味深いデータになりうるだろうが。

「古の王妃、ね」

 残された情報がない以上、深く探ることはできない。

 しかし、それなりに高い権限が付与されていたとなれば、よほどの要人だったのだろう。ネクロダストそのものに関して言えば、やはりただの宇宙ゴミデブリであり、よほど保存しなければならない理由があったとしか考えられない。

 そもそもそれ自体が本来の用途から逸脱しているのだから。

 俺の知る限り、宇宙へと投棄されるネクロダストにある程度の権限が付与されているという事例は聞いたことがない。気の遠くなるほど遡った古の時代ならあるいは、ありうるのかもしれない。

 ネクロダストを護衛するなどという事態が、異常ともいえる。

 希少の一言だけでは済まされない、何か深い事情が絡み合っているに違いない。

「何にせよ新しい任務だ。気張っていこう」

 釈然とはしないが、誰も懐疑心以上の文句はつけやしない。いつも通り、厄介な仕事が舞い込んできただけの話だ。

「指定された座標を目指します」

 颯爽とズーカイがコックピットへと飛び出すように向かった。いつも通りにテキパキと仕事モードに切り替わる。大した間も置かず、我らが戦艦『サジタリウス』号は目標地点に目掛けて迅速に旋回し、発進する。


 正直なところ、この時点での俺はネクロダストの護衛をそこまで重要視していなかったのは事実で、むしろ簡単な運搬程度にしか考えていなかったことも事実。

 何せ死体の輸送みたいなものだったのだから。

 まさか自分が思っていた以上に事が大きかったのだと気付くのはもう少し後になってからのことだった。

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