延命処置 (3)

 ※ ※ ※


 気を失ってしまったキャナは直ぐさまリフレッシュルームへと運び出された。

 俺もその場にいた連中も突然のことに驚かされたが、その場でエメラたちが診断した限りでは命には別状はないらしい。

 ただ、精神状態があまりにも不安定だったせいで、超能力の制御が利かなくなってしまったということだ。

 超能力者サイコスタントの力は精神状態に大きく依存する。当人が不安定であればあるほど、それはそのまま力に反映され、時には暴走することもある。

 今回はたまたまふわふわ浮かんでいた状態がそのまま解かれただけだった。

 落下したことで多少の打撲を負ったものの、大事にも至らなかった。それが不幸中の幸いだろうか。

 それほど大した高さではなかったとはいえ、ひょっとすると打ち所が悪ければ最悪の事態もあったと思うと心の内に冷たいものを突きつけられたかのような思いだ。

「ゼックン、ごめんなぁ。心配掛けてもうて」

 ベッドの上、横たわりながらも力なく呟く。覇気の抜けたような顔つきだ。

 あれから意識はすぐに戻ったものの、何処か元気を落っことしてきてしまったかのように、さっきまでとは打って変わって薄暗い表情をしている。

「そんなことはない。俺も、何も分かってやれなくて悪かった」

 もしもキャナの心の不安定さをもう少し危惧していれば。

 もしもあのとき気を緩めてぼんやりとしていなければ。

 少なくとも、ここまでの事態にはならなかったはずだ。

「ええんよ。うちも気が緩んどったんや。ほんま、自分の思い通りにならへん、忌々しい力やなぁ」

 何処を見て呟いているのかは定かではないが、自嘲気味にぼやく。

 診断内容を聞いた限りでは多少の打ち身程度のはずだ。

 寝込むほどのものじゃない。応急処置も済んだし、もう何も問題はないはず。それにしては、キャナも随分と意気消沈しているように思える。

 カタカタカタ……。部屋の隅で何かが震える音が聞こえた。

 ふと目をやると、テーブルの上のドリンクが倒れそうなほど勝手に揺れていた。

 これは、キャナが浮かばせようとしているのだろうか。だが、ふわふわとする素振りは見られない。テーブルを無意味に躍っているだけだ。

 思わずそのドリンクに手をやり、そしてそれをキャナに向けて差し出す。

「ふぅ……、おおきにな。重症かもしれへんな。こんなもんも上がらへんなんて」

 力の制御ができていない。それはもう明らかなことだった。

 キャナは超能力者サイコスタントだ。人類の進化の先に到達した存在。俺にとってはまだ不可解な力を持っている。

 どのような理屈、理論によってこの力が存在しているのかは、その研究をその身を以て積み上げてきたキャナこそが一番よく分かっていることだろう。

 今、それは明らかな不具合を抱え込んでいる。その事実を。

「それにしてもゼックンもよう残ってくれたな。大したことないから、みんなはとっくに帰ってったのに」

 本当はもうそのまま立って歩いても問題ないくらいまで回復しているはずだ。

 だからもう何のこともない、もう何も心配することはないんだと安堵して俺以外はこの部屋を後にしている。

 しかし、当の本人はもう少し休みたいといって未だベッドの上にいる。

「そんな顔をしてる奴が大丈夫には到底思えなかったからな」

 外傷は特記するほどではない。それはもう分かっている。

 だが、先ほどので確信がついたが、問題なのはやはりメンタル面だろう。

 普段ならふわふわと浮かんでいるところを、もはやドリンク一つ浮かばせられないほどなのだから。

 それを俺が素知らぬ顔でいられるわけもない。

 もし、キャナに力の制御をできなくさせるほどの精神的な不安を与えたものがいるとしたら俺に他ならないのだから。

 ただでさえ、今の状況というものはそれ自体が不安定と言わざるを得ない。

 もう間もなく寿命を迎えようとしている俺の延命のために、キャナには数え切れないほどの負担を抱え込ませてしまっているのだから。

 俺の命を握っているというそのプレッシャーが今、こうして響いてきているに違いない。なんて不甲斐ない話だろう。

「あはは……そないに心配してもらえると、うち、ちょっと嬉しくなってまうやろ。うちのことも、そういう風に思ってくれるんやな」

「……白々しいか? 複数の女を孕ませた男が、一人の女を気遣うなんて」

「そうまでは言うてへんけど……」

「俺はお前のことを心配している。お前のことを思っている。だったら、それだけのことだろう。余計なことを考える必要はない」

 途端に毒気を抜かれたみたいに、はひゅぅ、と息をつくと、キャナは脱力して柔らかに目をつむった。

「そっか。うちのこと思うてくれるんかぁ……」

 そこはかとなく、寝入りそうなほどに静かに、そして落ち着いていた。何をするわけでもなく、そっとそのベッドに仰向けになる。

「ゼックン、いっつも自分本位で無茶ばっかしてんと思っとったけど、ちゃんとうちのことも考えてくれとるんやなぁ。寿命のことも教えてくれんかったし、てっきり平気でうちのことを置いてくつもりなんかと」

 そう思われても仕方ないような無謀なことをこれまで幾度としている手前、真正面から否定するのも憚れるのだが、ここは否定せざるを得ない。

「そんなわけがないだろう。俺は、生きることに執着することを躊躇っていた、ただそれだけなんだ。とんだお笑いぐさだろう? 俺は忌々しき破壊の兵器だ。人を愛する資格なんてないものだとさえ思っていた」

「んじゃあ、愛する資格のないもんに愛されたうちはなんやねん。そんな無責任なんて許さへんよ。赤ちゃんまで作ってもうて、ちゃんと責任とってもらわな」

 思いの外、強い口調で返される。先ほどまで弱々しく感じていたキャナのソレに力が戻ってくるかのように。

 ふと気付いたときには、キャナが眼前にまで迫っていて、俺の肩の後ろにまで腕を伸ばしていた。上体を優しくふわふわと浮かばせながらも、唇を重ねてくる。

「この子の父親が誰なんか、ちゃんと教えてやらなあかんよ」

 グッと力を込められる。吹いて消えるような砂の楼閣を粒一つでも取りこぼすものかと言わんばかりに。

「なぁ、ゼックン。子供の名前、何がええかな?」

 あどけなくもいたずらじみた、ふわふわの笑顔でそう詰め寄られた。

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