延命処置 (2)
「すまない、またそんな顔をしていたか?」
酷い顔つきなのは生まれつきなのだとは思うのだが。
「状況は問題ないんや。元々計画自体はエメちゃんたちがうちらの知らんとこでこっそり進めとったんやから。そこにうちらが正式に乗っかっただけの話。いちいち難しく考えんでもええやん」
渋くも苦い顔をされてしまった。そしてそのまま俺の胸に目掛けて、ポスっと軽い頭突きをしてきた。よほどもやもやとした感情が渦巻いているらしい。
「ああ、そうだな。今は嬉しい知らせもあるんだ。喜んでおかないとな」
と、キャナの頭をそのままそっと撫でる。
「ふぇへへ~……、もっと撫でたって」
まるでじゃれてくる小動物かのようだ。どちらかといえば、キャナは他の二人と比べるといい体格をしている方なのだが。
ここのところはキャナも随分と俺に甘えてきているような気がしないでもない。
それこそ出会ったばかりの頃など、ふわふわの笑顔で誤魔化すかのように振る舞い、何処か距離を置いているような、そんな印象ではあった。
大人びた印象さえ感じていたのだが、内面を知ってからは真逆だった。
何かに怯えていて、それでも誰かに助けを乞うようなこともしなくて、ふわふわの笑顔で自分自身さえも誤魔化している、あたかも気丈な子供のようだった。
こんな、人類が絶滅寸前だという状況に陥って、最初は人類の繁栄に協力的な態度を見せていたような気もするのだが、実際に性行為にまで至ったのは三人の中でも一番遅い。
むしろ、他の二人が何もしなければ必要以上に迫ってくることもなかったように思う。他の二人に先を越されて、その焦りのあまりにムキになって性行為を求めてきたのではないかと言わんばかり。
結局のところ、他の二人よりも懐妊も遅かったわけで、自分の中で色々と悩み続けていたことは間違いないだろう。
そう、とても内向的だ。そう匂わせる節はいくつもあった。
過去の自分との決別をしたくて、違う自分の仮面を被って、無理に色々なことを振る舞って、そうやって今、ここにまで辿り着いたんだ。
新しい命をその身に宿して、幸せの絶頂の中にいる。
「子供のこと、報告しにいかないとな」
「もうちょっと……このまま」
まだまだ物足りないらしい。ギュッと身体を離すまいという強い意志を感じる。引きはがす気力をそがれた。
ふと思う。俺とキャナは少し似ているところがあるのかもしれない。
俺自身、過去の自分との決別を強く願っていた。かつては破壊ばかりを繰り返していた兵器だった。それを今、変えようと必死になっている。
人類の繁栄だなんて、かつての自分からすれば真逆のことを、当然のようにしなければならないと、これまでの自分とは違う仮面を被せて、無理なことも平気なつもりで振る舞ってきた。
子供の顔を見ることなく去っていくことも、仕方ないとさえ思っていた。
内心、本当に俺はそう思っていたのだろうか。
子供の成長を共に見守っていく家族になることを、本心から望んでいなかったとでもいうのか。そんなことがあるはずはない。
「ああ、そうだ。子供の名前も、考えておかないとな」
何故か俺は今、初めてのように未来のことを考えた、そんな気がした。
これまでずっと、人類の繁栄のために、未来のために自分にできることを全てやっていこうと覚悟していたはずなのに。
自分自身で断ち切っていた未練とやらを、また結んだように感じた。
ああ、そうだ。
俺はまだ死にたくはない。そうあっさりと死んでいってはいけない。
「いいの考えてや?」
そう言うキャナの声は何処か涙に濁っているように聞こえた。
※ ※ ※
※ ※
※
「お姉様、おめでとう!」
「おめでとうございます、キャナ様」
ミーティングルーム内に何とも盛大な拍手が飛び交う。人口密度の殆どはクローンプニカが占めているのだが、その辺りはあまり触れないでおこう。
ともあれ、ミーティングルームの中央で顔を真っ赤にしたキャナがもじもじ、ふわふわと宙返りしている様を眺めていた。
少なくとも喜びの声に溢れている。祝福の雰囲気がこの部屋を満たしていた。
「えへへへへへぇ~……、みんなおおきに……ふぇへ……」
顔を隠しながらも、その下はニヤニヤとした表情になっているのは見なくても分かるくらいには、声も何処か躍っている。
もうナモミ、プニカに加えての三度目の吉報にはなるのだが、それでも遜色ない程度に賑わいでいた。
人類の繁栄という名目もあるだろうが、それよりも何よりも、やはり仲間の懐妊というものは嬉しいものなのかもしれない。
特にキャナは若干なり遅れはあったのも事実。周囲もそれなりに気にしていたところだったのだろう。
俺はようやくここまで来れたんだという実感を、今一度噛みしめる。
それこそ当初は何もできないまま生涯を閉じることさえも頭の中にはあった。
少しでも自分ができることをできたのならそれで満足だと言わんばかりに、自身を省みない無茶もやってきたと思う。
同時に三人もの相手をして、それぞれに複雑な想いを、負担させてしまうことを不安に感じていた。いつかは全てが破綻してしまうような、そんな不安を、胸の内に隠していたことは確かだろう。
しかし、どうだ。
確かに、これまで何度もよからぬ心境は至らせていただろう。
それぞれに不安を抱えさせてしまっただろう。それでも今、この場は幸せに満ちている。互いを祝福している。
不安の種が一つ、また一つと取り除かれているように思えた。
歪に思えていたこの共同生活も、俺のくだらない取り越し苦労だったのだと言い聞かせるように。
「ふあ……っ」
ドスッ。不意を突くように、そんな鈍い音が聞こえた。
なんだ、と顔を見上げる。
キャナがミーティングルームの中央に落ちていたのが見えた。テーブルに、そのまま横たわっていた。
どうした。いち早く、慌てて俺は駆け寄った。
ふざけて落ちたのかと思ったが、そうじゃない。こんな固いテーブルの上にわざとでも落下するはずがない。
「おい、どうした……?」
返事が直ぐに返ってこない。
キャナはテーブルの上でうずくまるようにしてうなり、身じろぎもしない。
俺にはこのとき何が起こったのか、何が起きていたのか、理解できず、頭は真っ白になっていた。
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