Another

百物語 (前編)

「――そのとき、井戸からあのお菊の声が。いちまーい、にーまーい、さんまーい……、何かを数えている、恨めしそうな声。そして、ななまーい、はちまーい、きゅーまーい……、……、一まぁい足りなーいっ!」

 辺りはシンとしていた。

 渾身のおどろおどろしい演技力と、その声で思いっきり驚かせようとしてみたものの、特に誰かが驚いたような顔をするわけでもなく、あたしは自分のホラー話よりも恐ろしく駄々滑りしていることに絶望した。

 というか、みんな釈然としない顔をしている。そんなに話し方が下手だったのだろうか。逆にこっちの方が泣けてくる。

「ああと? お菊というのは殺されたんじゃなかったか?」

「え? ああ、これは殺されたお菊の幽霊というか怨念が出てきたという話で」

「イドというものは何なのでしょう。お菊様は何を数えていたのでしょうか?」

「い、井戸っていうのは水場のことで、それこそ昔はこの井戸を使って水をくみ上げて利用してて……」

 ダメだ。肝心の話のキモが何も伝わっていない。片っ端から解説を入れないことにはあたしのホラー話もただの不可解な話でしかないみたいだ。

「これが百物語なん? なんやよう分からんなぁ」

 お姉様にまでダメ出しされてしまう。これはツライ、かなりツライぞ。

 百物語をしてみようと提案した張本人がこれでは、企画倒れもいいところだ。

 そもそもなんで、みんなを集めて百物語をしようなんて言い出したんだっけかな。

 なんかちょっとした娯楽を求めて、じゃあこんなのはどう? って感じで軽いノリで提案したんだけどさ。

 何十億年も前に流行っていたからってことで、みんなも物珍しさに、はたまた興味深そうにあたしの提案を採用してくれたのは嬉しいけれども、これじゃあまりにも不甲斐なさすぎる。

「ま、まあ、不条理な話は怖いものだからな」

 ゼク、それはフォローしてるつもりなの?

「要は、怖い話を出し合えばええんやろ? じゃあ、次はうちな」

 いきなり出鼻をくじかれたかと思ったけれど、何とかお姉様が繋いでくれた。


 ※ ※ ※


 せやなぁ、何の話ぃしたもんか。怖い話なぁ……。

 じゃあ、古い話やけど、これで。

 ええと、人類の化学技術が発展途上だった頃の話で、人体の治療にも細胞レベルのちっさい単位での医療が必要になってきたんよ。

 当時はまだ外部から医療器具で手ぇ加えるだけしかできんくて、なかなか人体の内部のそういうちっさいとこまで手が届かんかったんや。

 やろうとしたらそれこそ、大きい範囲を、つーても指先にも満たないの大きさやけど、そこいらを丸ごと手ぇ加えたって、いいとこも悪いとこも全ぇ部治療する感じやった。これでも技術は大分進歩してる方なんやけどな。

 そやなくて、ほんまにピンポイント、ちっさい ちょっと細胞一個くらいを狙って治療するために新しい技術が開発されることになったんな。

 それが、ミクロ化。

 言葉通り、モノを縮める技術。まあまあ、そうやね。機材とか医師そのものをちっさくすれば手の届かんとこも届くようなるって話。

 まだ技術の進歩も途上やったからそんなんも許されたんやろうなぁ。

 物理的に内部へ手ぇ加えるのに手術する側がちっさくなるんもアホな話やと思うけど、とにかくその計画が進められたんや。

 そんで、そのためのマシーンも完成した。

 人や機械をちっさくちっさくミクロ化するマシーン。実験段階では手術用の機材はちっさくして、元の大きさに戻しても故障することなく普通に使えた。

 問題は次のフェーズ。そう、人体実験な。

 当然、治療できる医師もちっさくならな話も始まらへん。ちゃんと小さいまんまでも問題なく手術ができるんか、そこにかかってるわけやし。

 人体をミクロ化する実験が始まった。機材を積んだ特殊なカプセルに乗った被験者と、外からマシーンを操作する側との分担で、通信機器で逐一報告を受けながら、どんどん縮んでいくやり取りが続いてった。

 最初ら辺は何の問題もなく、カプセル内のミクロ化してく被験者とは連絡も取り合えた。これで実験は無事成功やと思われた。

 でもま、そう都合よくいくわけおらへんよなぁ?

 あるところまで縮んだ辺り、なんや急に連絡が途絶えたんや。なんぼ呼び掛けても何も返ってこおへんの。あれ? おかしぃなぁ思て、実験は中断。

 慌ててちっさくなった人を元の大きさに戻したったんや。

 ぁー、ナモナモどないしたん? そんな青い顔して。怖いなら今のうちに耳ふさいだ方がええよ。にゅふふ。

 一般的に物質には特性があって縮小なんてややこしい作用についてはその係数の差異も考慮してぇ……ぁーっと、まぁ、簡単に言うと単なる縮小ってのはもっと難しい計算が必要やったんよね。

 でも、そないなこと、まだ分からへん状態やったから研究者は誰も何が起きたか分からんかったんやろぅなぁ。

 被験者を元の大きさに戻したつもりやった。

 けど、そこにおるはずの被験者の姿はそこにはなかったんや。代わりにあったのは、何やらゴム質のようなボール状のもの。

 なんやこれ、被験者は何処行ったんや。不思議に思った研究者らがもしやぁ、ってそのゴムボールのようなものを精密に調べてみるとぉー……。

 人肉や人骨に、衣類の繊維が混ざった物質だったらしいで?

 うわっ、ごめんな、ナモナモぉ。

 うちの方が驚いてもうたわ。そんな悲鳴まで挙げるとは思わんかったわ。にひひ。

 ま、要は、人間丸ごとの肉や骨、その着ている衣類とじゃ、縮小や拡大する比率が違うたんやな。

 ほんの僅かやったんやけどそこんとこの計算がズレとったから、ちっさく、ちっさくになるにつれてその誤差が大きくなってって、多分衣類の方が先に縮んで窒息してもうたんやろな。

 んで、逆に拡大するときは、被験者の方が先にぶくぶく大きなってもうて、中の皮膚や肉や骨もみんな異なる速度で、ぎゅうぎゅう、圧縮されるみたいに、最終的には全部融合したっちゅう……。

 あー、ごめん、ごめんて、そんな怒らんといてぇな、ナモナモ。分かった、分かったから、この話はこれで終わりな?

 いやぁ、こないに怖がってくれるとは思わんかったわ。

 ゼックンまでそんな青い顔せんでも。

 はいはい、おしまい、おしまい。うちの話はこれでおしまいや。

 どや? こんな感じで良かったん?

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