分岐点 (4)

「俺は惑星の破壊者スター・ブレイカー。数多の命を奪ってきた殺戮兵器だ。そのクローンが造られればお前やジニア、ザンカたちの思い描く未来よりもずっと凄惨な結末になるだろう」

 マシーナリーの殲滅とやらが完遂したとして、その先には一体何があるというのか。かつてマシーナリーが恐れたこの力を野放しにすることができるものか。

「俺は断固として反対する。例え俺のクローンが量産できたとしても、それは希望になるとは限らないんだ。だから俺も、そして俺のクローンもお前らに手を貸すことはない。これが答えだ」

「ゼックン……」

 キャナのその目は何だろう。失望の眼差しか、失意の眼差しか、それとも全く違うものなのか。いずれにせよ、冷たいもののように思えてしまった。

「完敗ですよ、ゼクラさん。その答えだけは聞きたくはありませんでした」

「悪かったな、ズーカイ。お前の、いやお前たちの思い通りにならなくて」

「いえ、ゼクラさんの決定したことにこれ以上ケチはつけません」

 どうやらようやくして引き下がってくれる気になってくれたようだ。

「すみません、エメラさん。通信機の手配をしてもらえますか? この認証コードで一時的でもいいので繋いでもらえると助かります」

「あ、わ、分かったッス」

 少し呆然としていたのか、エメラがハッとしながらもズーカイの手元から何かを受け取る。それは物体的なものではなく、端末から出力された電子データのようなソレだった。

 そういえば、ズーカイは色々な権限を制限された状態でここにいるんだった。

 武装も解除して、外部との通信もろくにできない状態で、殲滅すると息巻いていたマシーナリーに囲まれるなんてどんな心境だったのやら。

 エメラの広げた手の先から小型の機械が生成される。見た感じ、簡易な通信機を即興で造ったようだ。相変わらず手際の良いことだ。

 ズーカイはそれを受け取ると、一言添える。

「失敗しました」

 限りなく短い一言だ。

『おい、もうちっとマシな報告はねぇのかよズーカイ』

 向こうからうるさい声が聞こえてきた。

『あなたでもダメでしたか。やれやれ……ゼクラさんの頭の固さには参ったものですよ。我々の計画がどんどん壊されていっちゃいますね』

 ねちっこい感じの声まで聞こえてくる。

 ジニアとザンカで間違いないだろう。

『おい、ゼクラ、そこにいるのか? お前の席はいつでも空いてるんだからよ! いつでも待ってるから気が変わったらすぐにでも来ていいんだからな!』

 手のひらに収まるくらいの小さな通信機からガンガンと大きな声が飛んでくる。やかましいことだ。

『もうこっちはあなたのしでかした後処理で大変なんですからね? あーもう、こうやって通信してる時間も惜しいくらいですよ』

「俺も悪かったとは思っているが、お前が余計なことをしたのが発端だろうが」

『まあ、その辺についてはトントンということにしておきましょう。何にせよ、残念です。しばらくジニアさんの愚痴が止まりませんね、これは』

「頑張って聞き流しておけ」

「それでは僕もそっちに帰りますよ」

『早急に願いますよ、ズーカイさん。この人、全然仕事しないし、自分でやりゃ一瞬で済むことも部下に放り投げっぱなしなもんで、困り果ててるんです』

「分かりました」

 ズーカイはその短い一言で区切ると、呆気なく通信も切られた。

 切れる間際の最後の辺り、ジニアの文句のようなものが聞こえたような気がしたが、特に意に介していないようだ。

 本当に必要最低限しか言わない男だ。

「というわけで、帰ります」

 手短にも程がある。

 元より、観光目的で来ているわけじゃない。俺を説得して連れて帰ることだけが目的だったのだからそれが正しい行動ではあるのだが。

「……ゼクラさん」

「なんだ?」

「これは、要望でも提案でもありません。ただの最後の質問です。答えてください」

 急に改まってどうしたんだ。ズーカイにしては回りくどいくらいの言い回しだが。

「あなたの寿命はもう長くはないはずです。その命を、真っ当するつもりですか?」

 かと思えば、直球で言われてしまった。

「ふぇっ!?」

 俺を通り過ぎてキャナの方が驚いてしまった。

「命が尽きるのなら、それもまた仕方ないさ」

 俺にこれ以上の何を望むというのか。

 これでも長く生きているつもりだ。十分に生きた。

「ゼックン、どうして……?」

 キャナが間抜けな顔をしてしまっている。

「ああ、言ってなかった、よな。俺は人より寿命が短くてな」

「そんなん知っとるけど、もう、なん?」

 お前もよくよく知ってるもんだな。

「……黙っておきたかった。子供の顔を見るまでに余計なこと、心配してほしくはなかったからな」

 こういうストレスも、妊婦には良くないだろうしな。

「ゼックンまだまだ若いやん……」

「俺の寿命は、俺自身がよく把握しているつもりだ。本当は自分の子供の顔も見れるかも分からないくらいでな」

「僕たちシングルナンバーは、戦闘に耐えうる兵器として細胞ごと改造されています。しかし、所詮は人類の細胞、限界だってあります」

「ヘイフリック限界のことやろ? 生体物質の染色体についとるテロメアっちゅうの。人は死ぬまで細胞分裂してくけど、そいつが限界を迎えたら終い……つまり寿命ってことや」

 キャナは本当に物知りのようだな。

「シングルナンバーは、出生の前の段階でテロメアを一気に引き上げてしまうんや。体を作るための人為的な細胞分裂。それによって特異な筋力や頭脳を補完させる。その代償が、命そのもの……。シングルナンバーは圧縮された命なんや」

「よくそこまで調べ上げたもんだな。それとも、今の時代じゃそんなもの一般化してるのか?」

「ゼックン……うちが何者なにもんなんか忘れてない?」

 つんつん、と見えざる指先に額をつつかれた。超能力者サイコスタント、か。

 俺とは違う、人類の進化を極めた存在だったな。

「んで?」

「んで、とは」

「ゼックン、あとどんくらいなん?」

「……『ノア』の換算でいえば、一年は持たないだろうな」

 また殴られる。そう思わされるほど強く、そして哀しく睨まれた。

 そのまま俺に身体を預け、頭をねじ込むかのようにグリグリと押し当てる。

「悪かったよ」

 キャナの背と頭に手を添えて、そっと後ろ頭を撫でた。

 泣きじゃくる返事が聞こえた。

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