交流会 (3)

「ゼクラ様はこの『ノア』において貴重な存在です。管理者としてわたくしはそれを許可するわけにはいきません」

 時間が凍結していたかのような錯覚。

 それもプニカの一言によって一瞬で動き出す。

 プニカ自身は一体何処までの話を把握できているのかは分からないが、少なくともその言葉を二つ返事で返せるものではないという認識には至ったようだ。

「いかなる理由があろうとも、ゼクラ様を連れていかせはしません」

 それは無表情で、感情の伴わない発音――のように思えたが、心なしか、プニカらしからぬ強い口調だったと思う。

「それはゼクラさんが男性だからですか?」

「そうです。ゼクラ様はこの『ノア』において、いえ人類において希少な存在。ゼクラ様がいなくなれば人類の繁栄、人類の未来はありません」

 何処か、随分とムキになっているような気がする。

 プニカも感情がないような、そんな振る舞いをするが、実際はそんなことはなく、内面的にはとても感情豊かだ。普段はそれが表に出てこないだけ。

 だが、今のプニカはどうにも感情的だ。口にする言葉には何ら違和感はないが、理屈的で打算的ないつものプニカとは違う、そんな気がする。

「では逆にお訊ねします。人類は絶滅してはならないのですか?」

「なっ!?」

 ズーカイの言葉にはプニカだけでない、周囲が一瞬でざわついた。マシーナリーも危うく射撃を開始するところだった様子だ。明らかに殺気立っている。

 プニカも、この場に派遣されてきた沢山のマシーナリーたちもみんな、人類の絶滅の危機から守るために存在している。ズーカイの言葉はとどのつまりここにいる全てのものの全否定でしかない。

 無論、俺の覚悟への否定でもある。

「あなたは何と言うことをいうのですか! 生物として種として潰えることをよしとするわけにはいかないでしょう!? ましてや人類は果てしない文化、そして文明を生み出した貴重なる存在! それを絶滅させるなんて、大いなる損失です!」

 プニカが怒った。それは明らかな怒号だった。

 ここまでプニカが感情を剥き出しにするのは、初めて見たかもしれない。

 感情的になったプニカを見たことがないわけじゃない。思いっきり声を張り上げたり、怒りを露わにしたプニカだって見たことがあるはずだ。

 だが、こんなプニカは知らない。よほどズーカイの言葉がしゃくに障ったらしい。

 今しがたテーブル越しに握手を交わしたばかりの相手だというのに、対面する二人は断裂しているかのよう。

「種としての希少価値は否定しませんが、代替となる、または互換になりうる種が存在することも事実。損失と考えるのは違うと僕は思いますがね」

「うぬぬぅ……」

 珍しいプニカを見てしまったものだ。思いの外表情が豊かだ。

 ズーカイにしても、俺を連れていくことに躍起になっていて、本心としては悪気はないのだろう。

 いや、しかし、ちょっと待った。

 何かがおかしい。

 ズーカイ、お前、

 いつの間に

「私は人類の繁栄させるために生きてきました。それが私の任務であり、使命だからです。それを他者と比較してものを言っているわけではありません」

「……お、おい、プニカ。少し冷静に」

 さすがにヒートアップしすぎだ。空気がピリピリとしてきている。あまりにも気まずい。今すぐにでもこの場が戦場と化してしまうような、そんな予感さえ覚える。

「任務で貴女は動いているのですか? 貴女自身の意志ではなく、貴女以外の誰かによる命令によって、貴女の価値観が作られていると言うことですか? それはとても滑稽だと思えませんか。貴女の本心は知りませんが、損失と考える以上、それに伴った理屈はあるはずでしょう。僕には僕にとって、いえ、僕たちにとっての価値があるんです。それは種の存続なんて枠組みの話なんかではないんです。貴女はあまりにも真実を知らなさすぎる」

 まずい。まずい。まずい。

 一体誰だ。ズーカイに酒を飲ませた奴は。いや、自分で持ってきていたのか?

 こんな四方八方から警戒されている最中に、よく酒を嗜む気になったな。

 加速度的に、酔いが回っているのが分かる。酔っているズーカイはまずい。よりにもよって今のこの状況では尚更まずい。

「ズーカイ様の価値など存じ上げません。それに人類の繁栄は任務であると同時に私の意志でもあります。私にも私の価値観はあるに決まっています。私はゼクラ様の子を成すことを自身の意志で望んでいるのです。貴方はかつてゼクラ様の同胞であったことは事実なのでしょうが、それはかつての話。今の貴方はただの部外者でしかありません」

 熱が伝播する。プニカとズーカイを中心にして、苛烈な言葉が行き交う。

 どうやら、この二人は会わせてはいけなかったようだ。

 明らかに、みんなぞ。

「ふ、二人共、落ち着くですよ」

 ゴルルも割って入る。だが、まるでその存在が認識されていないかのようだった。

「それが貴女の本心ですか。ゼクラさんと子作りがしたいと。欲求に素直なのはよろしいことだと思いますよ。性行為セックスに依存するあまりに本質が見えていないことがよく分かりました。貴女は任務とか使命とか綺麗事を言っていましたが、貴女自身がそれを放棄していることに気付かないのですか? 人類の繁栄を目的とするならばもっと効率の良い方法があるじゃないですか。貴女自身が選んでやったことですよね。今僕たちの周りにいる彼女たちは何者ですか?」

 話にどんどん暗雲が立ちこめていく。このままではより酷い状況になっていくのが目に見えた。いや、ただの口喧嘩だけで収まるだけならまだしも、今のこの状態であることが問題なんだ。

「ズーカイ、そろそろよせ。プニカも乗るんじゃない」

 咄嗟に羽交い締めするかのように背後からプニカの口元に手を伸ばし、その両手でプニカの口をふさぐ。モゴモゴと何か言っているが、これ以上は見ていられない。

「ズーカイ、酔いすぎだ。話が脱線しているぞ」

「ゼクラさんも真実を知らないからそのようなことを言えるんです。なんだったらこの場で全部言って――」

 そこまで言いかけたところで、あろうことかゴルルの手が伸びた。ズーカイの言葉を飲み込ませるかのように。

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