結婚しちゃった (4)

「ごめん、お姉様。変なこと訊いちゃった。今言ったことなしにして」

 慌てて発言の撤回。とはいえあっさり帳消しにできるようなものじゃない。通りで何かお姉様の態度がふわふわじゃないはずだ。

 よくそんな状態であたしたちの結婚式を祝ってくれたものだと、罪悪感が込み上げてきそうだった。

「ぁー、ぁー、気ぃ遣わんでええよ」

 とびきりの笑顔で返された。笑顔は笑顔でも、とびきりの苦笑いの方だけど。ゼクのヤツめ、あたしに気を遣いすぎて目の前にいる美女をないがしろにするなんて。

「ぅぅ……」

 どういう風に返したらいいのか分からなくなって、言葉に詰まる。

「……ナモナモおらんくなったらちょっとはゼックンも振り向くのかなぁ、って思うたんは本音やったけどな。ウチもまだまだ魅力が足りひんのやろか」

 ボソボソ、ぶつぶつ、聞こえているように言っているつもりなのか、あるいはほぼほぼ無意識的に漏らしている愚痴なのか、何やらプニーのよくやる所作をしながらもガックリと俯いてふわふわと部屋の隅まで幽霊のように飛んでいってしまった。

 プニーの所作といえばアレだ。自分のない胸をさするようなアレ。お姉様がソレをやるとあたしの劣等感が加速がかってくるんだけど。ゆっさゆっさ。嫌みのつもりはなさそうなのに、こちらとしては精神ダメージが大きくなる。

「ぁー、ぇーと、ああ、そ、そういえばプニー、今頃何してるのかなぁ。マシーナリーさんの護衛いるとはいえ、寂しい思いしてないかなぁー、なんて」

 発言を帳消しにできないのなら無理やりにでも話題を切り替える。この空気はよろしくない。

「プニちゃんなぁー」

 あまり興味なさそうな感じに返事される。やっぱりゼクに振り向いてもらえなかったショックが相当大きかったようだ。お姉様もお姉様なりに努力していただろうに、あの様子では本当に成果がなかったと思える。

 思えば、コロニー『ノア』でプニーは管理者としてお留守番中のはずだ。何もお土産用意できなかったけど、どういった報告をすればいいのやら。

「ま、まあ、ハプニングも多かったし、来なかったのがある意味正解だったのかなぁ、なんて思っちゃうところもあるけれどね」

 あまり無理に取り繕うとしない方がいい気がしてきた。下手するとまた変なことを言ってしまいそうだ。単に焦りすぎなのか、精神が不安定すぎるのか、はたまたその両方か。

「プニちゃんも来てたらそれはそれで大変やったろな」

 お姉様が話を継いでくれる。逆に、なんか気を遣われている感がハンパない。

「プニー、生きているものが好きだもんね。あたしたち相手でも結構アレだったけど、獣人族に囲まれたら興奮して倒れちゃってたかも」

 それこそ、ふおおぉぉぉ、っと雄叫び上げて、鼻血噴きそうなくらい。

「そないなことなったら大騒ぎやったな。そやなくとも大騒ぎやったんやけど」

 主な要因、ゼク。

「プニーがこのこと聞いたら、怒ったり、するのかな。大暴れの件にしても、ええとその、結婚の件にしても」

 正直なところ、あのプニーが怒るというシチュエーションがまるで思い浮かばない。怒らない性格ではないはずなんだけれども、そのビジョンが見えない。

「プニちゃんって、怒るんかな?」

 お姉様はそもそもプニーの感情の有無について疑問視しているみたいだ。プニーだって感情豊かだし、怒りもするし、笑いもする。ただ、色々な側面で冷静っぽい仮面を被っていて、ただひたすらに無表情なだけだ。

 とはいえ、今回の騒動の話を聞いて、プニーがどんな反応をするのかまでは本当に予測ができない。

 仮にも『ノア』の管理人という立場だし、余計な揉め事は好まないはずで、下手をすればあたしたちが『ノア』から追い出される可能性もけしてゼロではない。

 あくまで、人類の繁栄のための礎として、そして仲間として協力関係にあるからこそ『ノア』で共同生活をしている。今回の一件で『ノア』に危害が、ひいては人類の繁栄の阻害になる結果になったのなら、やっぱりプニーも怒るのかもしれない。

「そもそも今回の騒動も元はといえばプニちゃんがビリア女王をネクロダストから蘇生させたんが事の発端やなかったっけ?」

「ぁ……そうだったっけ」

 そう言われてみればあんな思慮深い風体しておいて、プニーは案外幼稚な面が多い。人類の繁栄のため、という名目でネクロダストから安易に蘇生した結果、実は眠っていたのは人類じゃなくて獣人族でしたー、ってオチだったわけで。

 根底に考えを持ってはいるものの、プニーはイレギュラーというものに対しては恐ろしく対応が疎かになる。その結果が今回の冒険だった。

 ともなれば、一連の報告を受けたとしても、プニー視点では怒る以前の問題として、存外、空気が読めず、「そうだったのですか、お疲れさまでした」くらいの対応になってしまう可能性が見えてきた。プニーの性格としてはこれが一番正解か。

「あの子、ほんまに管理人としての自覚あるんかなぁ思うときあるんよ」

 お姉様にしては珍しく毒気つくが、それは確かに同意してしまう節はある。だけど、それと同時に、それは仕方ないと思ってしまうあたしもいた。

 だって、プニーは元々クローンで、オリジナルの予備として作られた存在のはず。

 それが何を巡り巡ったのか、丁度たまたま『ノア』に保存されていて、他に人がいなかったからー、使い道がなかったからー、みたいな理由で蘇生させられて、本人の意志とはほぼ関係なく管理者を任されたようなもの。

 本人の話を聞く限りでは、そんな感じだった。

「で、でもまぁ、ビリアちゃんが復活したときはどうなるものかとハラハラしたし、あたしたちもどうなっちゃうのか困惑したのは確かだけど、なんか最終的に落ち着くところに落ち着いて、果てやゼクと結婚できちゃったりしたわけだし、なんか、そういう意味ではプニーに感謝、してもいいのか、な、なんて……」

 お姉様から返事の代わりにムスっとした視線をもらってしまった。

 またしても変なことを言ってしまった感がある。

 あの目は納得できてない、というよりかは、プニーに対する擁護に疑問を感じている、そんな目だ。

 そこからしばらく、談話室にはとても重苦しい沈黙が訪れてしまった。

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