王女、帰還す (4)

 ※ ※ ※


 一騒動、二騒動交えつつも、荒野を進む旅路は続いた。辺りの様相は変わっていき、首都が近づくにつれ戦争の爪痕が露わになる。

 それは道中の噂話であったり、周辺の散乱した瓦礫であったり、そこで何があったのかを明瞭に物語る。今は近づくべき状況ではない、民衆の口々に呟く声が大きくなっていく。

 日が傾き、赤く染まる景色が図らずも、何処か悲壮感を引き立てる。

 木々が密度を増して、森になった頃合い、それを察した。一画だけ、刈り取ったかのようにごっそりと落ちている。それは開拓の後でもあり、襲撃の後でもある。

「いよいよ、見えてきましたね。あれですよ」

 密集した森の中心に鎮座するように、山の如く都会が姿を現わす。あれは映像資料でも何度も確認した場所、つまりブーゲン帝国の首都に他ならない。

 まだ遠目で見ているから、その首都の広大さや荘厳さは残しているように思えた。

 こうしてみると、宇宙空港近辺の地域も都会ではなかったのだなと今改めて思わされるほど、そこは栄えていた。

「ビリア姫、お加減はいかがかしら?」

 シルルが姫に声を掛ける。全開に開けた窓の傍、鎮静剤のようなものを片手にうずうずした顔をしている。そこだけ切り取ってみると、長旅で乗り物酔いしたようにも見えなくはない。

 実際は発情を誤魔化し誤魔化し何とか抑えているだけだ。

「大丈夫じゃ。すまんのぅ」

「もう日が暮れますわ。一先ず今夜は宿をとって明朝コンタクトをとりましょうか」

「いいや、今から向かおう。早い方がいいじゃろ」

 途中で割と余計な時間を食ったこともあってか、少し引け目に感じている一面もあるのかもしれない。

「そんじゃまあ、姫様の要望に応えてエントランスフロアに向かいやしょうか」

「頼んだぞ」

 ブーゲン帝国の首都には王族の住まう居城がある。だが、まさかいきなり城の玄関を叩くわけにもいくまい。そこにはサンデリアナ国の兵士もゴロゴロいると聞く。

 そんなところで「王女が帰ってきた」などと言えば大騒ぎになってしまう。

 まずは事前の打ち合わせ通り、順を追って城の上層部に取り合う。

 その第一段階がエントランスフロアだ。一介の組織が交渉したり、政府に申し立てしたり、色々な話を持ち込むための窓口。ここも監視の目は厳しいところだが、こちらにはビリア姫がいる。権限が高いものであればある程度の情報の遮断は可能だ。

 そして上手く入城権を獲得して、現在の上層部へと接触を試みる。

 幸い、近々即位式を開催するためか、様々な企画を持ち込む企業が多く城を訪問している。その中には行商人やら観光目的の輩も含まれており、そのおかげでこちらが特記して目立つこともないだろう。

 サンデリアナ国の兵士もテロ対策としての危険物の持ち込みチェックや、民衆による暴動の対処くらいがせいぜい。正規の手続きを持って入城していれば、そこまで怪しまれることはないはずだ。

 無事にビリア姫の引き渡しが完了したら俺達の役割はここで終える。後は、エメラたちの作戦の成功を祈り、ブーゲン帝国から抜け出す。

 ようやくして、全てが終わるんだ。


 ※ ※ ※


「入城権を手に入れたぞ。これで城に入れるのじゃ。まあ、妾としては自分の城に入るのにわざわざこんな申請するのも妙な話なのじゃがな」

 ケロッとした顔で、エントランスフロアからビリア姫がシルルと共に出てくる。どうやら無事に済ませられたらしい。思っていたよりも計画通りに進んでいる。

「サンデリアナ国の兵士には目をつけられなかったか?」

「問題ないのじゃ。あやつら、ボーッと上の空で見張り失格じゃよ」

「私も警戒はしていたのですが、向こうも厳しくは監視していませんでしたわ」

 それはそれで問題ではないのか。国を制圧したつもりになって浮かれているのかもしれない。元々、戦争とはさほど縁のなかった国だったらしいが、こうも拍子抜けする結果になると、逆にこちらの方が警戒してしまうところだ。

「ブロロの方はまだ戻らないですの? 折角入城権を手に入れたのですから早いところ出発したいですのに」

「そろそろ戻ってくるんじゃないか?」

 ブロロは今、情報収集がてら、そこら辺で聞き込み調査の偵察に行っている。今の状況、情報は何よりも貴重なものだ。

 夜のとばりも落ちて、街灯やネオンも眩く照らす辺りを見回していると、丁度噂をしていたブロロがこちらに向かっているのが見えた。

「あ、ゼクラのアニキ。シルルもお姫様も戻ったんすね。ちょっといいですかね」

「どうした、何か情報を掴んだのか?」

「いやぁ、それがですねぇ、大した話ではないと思うんですが」

「今は時間が惜しいんですのよ。あまり下らない話なら後にしなさいな」

 ブロロは何とも釈然としない顔をする。それは本当に大したことのない話ならいいのだが、そういう顔をされてしまうと変に勘ぐってしまうところだ。

「まあ、車内に戻りましょうか。そこでちょっと話しますよ」

 促されるように一行はこれまで長旅に付き合ってくれた相棒へと乗り込んでいく。そこではキャナがソファの上で仰向けにぐったりしていた。

「なんだ、まだ調子よくないのか」

「うぇぇぇ~……」

 ずっと足を付けていたせいか、こっちは車に酔ったらしい。普段からふわふわしているからこうなるんじゃないのか。かといって車の外に出てふわふわさせるわけにもいかないし、旅の後半は大体こんな調子だ。

 俺としては、ふわふわしている方が酔いそうなものなのだが。

「で、ブロロ、話っていうのは?」

 切り替えるようにブロロの方へと向き直る。

「それが、まあ何と申し上げたらいいのか。どうやら即位式の中で結婚式が行われるそうで、そっちの式典で城の方も準備で忙しいらしいんすよ。警戒態勢も解かれてこちらとしては好都合ではあるんですけどね」

「結婚式? まあ、新たな王が生まれるのだから便乗してるんじゃないのか?」

 ふと、この二つの組み合わせで、えも言われぬ何か不穏なものが脳裏を過ぎる。

「その、結婚するの、ビリア姫とサンデリアナ国の王子って話なんですよ」

「はっ? 妾?」

 刹那、時の流れが静止した。

 ビリア姫は今まさにここにいる。じゃあ、その結婚するというビリア姫は一体何者なんだ? 思考さえも停止し始めた。

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