渡さないよ (後編)
「ナモミ……」
「あたしは姫のような王族じゃない。ただの一人の女の子だよ。なんだかよく分からないけど、絶滅するから子作りしろだってさ。種族の繁栄だなんて荷が重すぎるよ」
「ゼクラもそのようなことを言っておった。種族の危機であると」
「そう、あたしたちの種族はたったの四人。笑っちゃうよね。もう、絶望的だもん。絶滅するしかないじゃん」
そう思っていたし、それも仕方ないって、思っていた。ここから繁栄させるだなんてどう考えたって無理な話で、無駄なことのようにしか思えなかった。
「でもね、姫様。そんなときでも、諦めない人っているんだよね。何処が好きとか、姫様みたいにハッキリとは言えないけれど、これだけは確か」
一緒に生活を送ってきて、色々な変化があった。いいことも、嫌なことも、沢山。
そんな中で大嫌いだったアイツは、どうしてか、大好きなアイツになっていた。
「あたしみたいなちっぽけな女の子には、勿体ない、王子様なんだよ」
一呼吸、二呼吸の間を置いて、思い出したかのように猫姫が深く深く息をつく。
「ふぅ……完敗じゃ。妾の負けじゃよ。はぁ……完膚なきまでに叩きのめされてしもうたわ、おぬしら番いには」
何故か唐突に敗北を宣言された。
「え、いや、そんな」
がっくりと肩を落とし、起こした上体をベッドに委ね、ついでに毛布をバッと頭まで被って隠れてしまった。
「これでは妾、とんだ道化ではないか」
モゴモゴと毛布越しに言われる。すっかり拗ねてしまったっぽい。
「分かっておる。分かっておるよ。妾も国に帰らねばならぬということくらいはな。ナモミたちに迷惑をかけるわけにはいかぬ」
猫耳と、つぶらな瞳を毛布の端から覗かせた姫が苛立ったような、泣きそうな表情で言う。と思いきや、ガバッと毛布を剥いで力強く起きてくる。
「じゃがなナモミよ、妾は諦めたわけではないのじゃからなっ! ゼクラこそ我が帝国の世継ぎにふさわしき雄なのじゃ! いずれ妾がおぬしから奪ってみせるぞ!」
まるで負け犬の遠吠えのようにきゃんきゃん吠えられてしまった。猫なんだけど。
「妾はいずれ帝国を背負うものになる。この妾を敵に回したことを後悔するときがくるじゃろう。せいぜい今のうちに良き子を産むのじゃな!」
それは挑発されているのか、励まされているのか、ちょっとどうとも捉えづらいところなんだけど、そう易々とゼクを奪われてしまうのは、あたしも望まないところ。
「渡さないよ。ゼクは誰にも」
返事のようにガルルと唸られてしまった。今にも噛みつかれてしまいそう。怖い。
「ふにゃあ~……こりゃあ手強い相手じゃの」
が、急激に空気の抜けた風船みたいに脱力される。
どうやら、今のところは手を引いてはくれるらしい。何故だかよく分からないけど、猫姫相手に根勝ちしたようだ。
「妾の目付にこんな強敵をあてがうとは、ゼクラめ、あなおそろしき男よ。これでは妾もここに留まるわけにもいかぬ。今回ばかりは妾も引いてやるが、次はないぞ!」
ゼクにそんな意図はなかったと思うけど……。
というか、引くってことはつまり。
「やっぱり、姫は帰るんだ、ブーゲン帝国に……」
「ふん、そうせざるを得まいよ。ここに留まればおぬしたちの迷惑にもなるしの。本当ならゼクラも連れて帰るつもりじゃったが、ナモミに免じてやめておく」
そういった判断はできる辺り、やはり国を背負う王女なんだなと今さらのように思う。 駄々こねられたらどうしたものかと思ったけど、取り越し苦労だったみたい。
「いいか、努々忘れるな。妾は帝国に帰り、復興を進め、元通り以上の国にしてみせる。争い事なき平和な国じゃ。そのときには我が国家権力を持ってゼクラに婚約をつきつけてやるから覚悟するのじゃぞ」
なんだかとんでもなく恐ろしい宣戦布告を受け取ってしまった気がする。人類の未来に関わる重大な事項に一つ書き加えられてしまったような。
「いいか、それまでに絶滅なぞしたら許さんぞ。健やかに日々を過ごし、ちゃんとゼクラの子を沢山授かるのじゃ」
加えて、かなり遠い未来を見据えているよう。
こちらも励まなければならないらしい。
「あはは……敵う気がしないんだけど……」
「謙遜するでない、ナモミは妾の
ヒエッ。
「とはいってみたものの、妾もこれからが大変なんじゃがの」
「ブーゲン帝国の復興だなんて一筋縄じゃいかない、よね……」
「なぁに、サンデリアナ国の企みなど、とうの前に分かっておったことじゃ。それが早かったか遅かったかの違いにすぎん」
「許嫁がいたのに、そんな険悪な関係だったの?」
「前はそうではなかった。じゃが、あるとき軍事力を求め始めたのじゃ。当初こそ自衛が目的だったのじゃが、余所から入ってきた傭兵部隊にそそのかされたのか、不穏な動きを見せるようになったのじゃ」
「傭兵部隊に……? よく分からないんだけど、国を動かすだなんてそんなに権力を持っていたの?」
「武力という意味では間違いなく圧倒的な力はあったじゃろうな。たかが雇われ兵士と呼ぶには勿体ないほどに。それに加担したのがあのバカ王子じゃ。あやつが国を引っかき回したといってもいい」
「王子ってあの王子?」
「そうじゃ。権力を玩具にするバカ王子じゃ。傭兵に実権を握らせたようなもの。それが戦争の引き金になったのじゃ。長年結んでいた平和条約を破り捨てて、ブーゲン帝国をも我が物にしようとしたのじゃ」
聞いてるだけでも物凄いヤバい犬だ。見た目もかなりヤバそうではあったんだけど、想像以上にとんでもない犬だったみたいだ。
「ふぅ……、今はどうなっておるのか、帰ってみないことには分からぬが、傭兵の中には
何その厨二病みたいな肩書き。
「ビリア姫……。胸中察する、なんて言ったら無責任かもしれないけど、その……ええと……」
「案ずるな、ナモミよ。これは妾の問題じゃ。妾の手腕で見事収束してみせるわ!」
そういって姫は高らかに笑ってみせた。何処か無理をしているんじゃないか、ってのが見え見えなのに、国なんていう大きすぎる問題の前にあたしは何も言える言葉がなかった。
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