やってしまった (3)

「さて、方針は決まったところで、このお姫様も介抱してやらないとな。国際問題はなるべく避けたい」

 とはいいつつも、既にビリア姫に対してこの手で危害を加えてしまっているので、変に追求されてしまえば、現時点でも状況としては芳しくない。

 なるべく手厚く対応すべきだとは思うのだが、俺がいると恐ろしく厄介なことになるのはもう目に見えている。

 視界に映る限りは求婚をせがまれ続けるに決まっている。

 じゃあ、どうしたものだろう。エメラたちマシーナリーに任せることはできない。客人としてもてなすくらいならまあいいのだろうが、身の回りの世話とまでなると話が変わってくる。

 では、プニカに任せるか? いや、それはそれでかなり問題がありそうだ。管理者という立場ではあるものの、何やら余計なことをしでかしそうな未来が見えた。

 俺たちを蘇生してくれたときはまあ、多少のいざこざがあった気はするが、どうにかなった。だが、今回の相手は姫様だ。

 しかも、獣人ときた。プニカの興味をそそるには十分すぎる。目を離したら姫様に抱きついてしまいそうだ。食事と称して餌付けする光景さえ予測できてしまえる。

 とんでもないことに発展してしまうぞ、それは。

 では、キャナはどうだ?いや、これが一番適任ではないだろうな。何をするのかも分からないし、何をされるのかも分からない。

 直感だが、出会ったその場で厄介なことになりそうだ。ナモミと出会ったときみたいなことが起こりうる。あんなことを姫様にやられてたまるか。

 そもそもこの場にキャナはいないのだから一から説明しなければなるまい。呼び出して早々急な無茶ぶりもできまい。

 となると、なんだ。どういう結論にいきつくのか。

 ナモミか? ナモミなら当たり障りがないように思えてくる。まともに会話もできるし、責任感も強い。あまり重い仕事を押し付けるのはやぶさかではないが、姫様のお相手として適任なのはナモミ以外にいない気がする。

「これより、居住区のリフレッシュルームに連れていこうと思うが、そのまま寝かせっぱなしにはできないし、誰か一人、姫のそばについていてもらいたいんだが……」

「ああ、じゃあ、あたしが姫様看るよ」

 俺が言う前にナモミの方から立候補してきた。ナモミも分かっていたのか、それとも俺の心のうちなどお見通しだったのか。このメンツで考えれば、おのずと出てくる簡単な発想だったのかもしれない。

「すまない。じゃあ、姫様の面倒頼んだぞ、ナモミ」

 ここでどうして俺が面倒をみないのかという疑問が当たり前のように飛んでこないのは、やはりみんな薄々勘づいている節はある。

「ゼクラ様がみるのではダメだったのですか?」

 プニカ以外には。


 ※ ※ ※


「そらあかんやろ」

 とびきりのむすっとした顔で言われてしまった。まだ機嫌は治っていないようだ。目も合わせてくれない。さすがに調子に乗りすぎたことを反省せざるを得ない。

「大体、送り届ける言うても、そないな危ないとこに行ってどないすんの」

 ごもっともな意見だ。

「まぁまぁ、キャナさん。そこはボクたちもいるッスから」

 一番釈然としていないであろうエメラからフォローが入ってくる。

 とりあえず、ナモミを除いた『ノア』の面々をミーティングルームに召集し、今後の話についての会議を行っていたが、空気はなんともギスギスとしている。

「ビリア姫が蘇生したということは、政権もそこに発生するようになった。下手な行動は打てないんだ」

「エメちゃんたちに任せりゃええやん」

 勿論それは無理だ。違う問題に発展していってしまう。絶滅危惧種の保全とは関係のない仕事をホイホイと受けられるほど、マシーナリーというものには融通の利く体裁はない。

 下手したらエメラたちが処分されかねないし、そうなれば俺たちの状況下も、元の木阿弥になってしまう。むしろ、マシーナリーに存在を認知されている分、命の危険性は格段に上がるといってもいい。

 そんなことくらい、キャナだって分かっているはずだ。

「ブーゲン帝国までの航路は確保できました。渡航領域をまたぐ申請が通れば問題はないでしょう」

 全ての元凶プニカが相変わらずも空気を読まずに淡々と話を進める。

「我輩たちは船舶の補強にあたるであります。向かう先は紛争のある場所。いざというときのための備えは怠らないであります」

 さっきまで『ノア』の外で大がかりな清掃作業を終えてきたばかりだというのに、ジェダはなかなかタフネスなことだ。体力は無尽蔵なのだろうが、この状況で嫌な顔ひとつしないのはなかなかの仕事人だ。

「いや、しかし姫を送り届けるだけの話ではないのでござるよ?」

「分かっている。わざわざ危険を潜り抜けて送り届けたとしても、その直後にビリア姫が暗殺されたとあっては民衆の怒りの矛先は俺たちに向くだろうな」

「せやから、あかんて。そないなリスキーなことするくらいならどっかよその星にでも置いていけばええやんか」

「渡航領域遷移に伴う航空法の中に漂流者の扱い方が規定されているんだが、どうやらこの『ノア』が今の天体に流れ着いたことで厄介な法が適用されているらしい」

「は? ゼックン何言うてんの?」

「簡単に言うとだ、この近辺で漂流者を救出してしまった場合、ただちに住居を提供するか、同国籍の適応する国へと送還しなきゃならないっていう法律だ」

 さっき調べた。うろ覚えだったし。

「ブーゲン帝国の領土は件の惑星内のみ。よって、他の星ないし、他国への引き渡しは違法であり、場合によっては不法滞在幇助として罰せられる可能性もある」

 といったことが書いてあった。

「ゼクラさんの言う通り、こちらには亡命の認可が下りないんスよ。しかも王族となると別途、適用される事項も」

「ああもう分かった、分かった。面倒なことばっかが山積みなんやな」

 ますます不機嫌そうに言う。生物の取り扱いには長けていたようだが、専門外の分野に切り込まれてしまったのか、キャナが折れる。

 全く、こうもややこしい法律なんていつ何処のどいつが作っているのやら。こんな法律は俺の時代にはなかったぞ。不要、あるいは不都合な住民を適当な星に移住させてもなんら問題なかった気がするのだが、時代も変わるもんだ。

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