もっとえっち、しよ? (2)

「ナモナモはゼックンの赤ちゃん、欲しくないん?」

「欲しい、……けど」

 唐突な質問に、思わず反射的に即答してしまう。自分で言っておきながら、ちょっと頬が急激に熱くなってしまった。いや、まあ、ゼクとは、そういうアレだし、間違っちゃいないわけだけれども。

「せやったら別にうちが羨ましいなんてことないよぉ。ナモナモももっと自分に素直になればええんや」

 にんまり顔でおでこをくっつけてくる。

「うちは自分に素直なだけ」

 何かはぐらかすように強めに言いきられる。しかしこう返されてしまうと、これ以上踏み込めるところはない。

 こちらの本音も引き出されてしまったし、むしろいたずらに挑発されてしまっただけのような気がする。

「ゼックン奪われたくないんやったらナモナモも頑張るしかないで」

 もしかして本気で、本格的に、お姉様の闘争心に火をつけてしまった?

 こんなにふわふわやんわりとにこやか顔で返されたのに、まるで内心ではバチバチと火花が散るほどにライバル意識が芽生えている気さえする。

 やっぱりお姉様は何を考えているのか分かり辛い。思っていたよりも、独占欲が強かったみたいだ。

 もしかすると、この『ノア』で一番最初に子供を産むのはお姉様なのかもしれない。嫉妬といってしまうと言い過ぎかもしれないが、何処か劣等感を覚えていることは確かだ。

 こうも胸の奥がもやもやしてしまうのは、やっぱりあたしもそれくらいにゼクのことを意識してしまっているからなのかな。人のことを言ってられないや。

「なぁ~、ナモナモ~、何か悩みごとでもあるん? せやったらこのお姉様が相談乗るよ~? うふふ……」

 猫が鳴くような声色で、ふわふわ笑顔を覗かせる。まるで何かを見透かされているかのよう。

 この言葉だけならとても優しいお姉様なのだけど、肩の後ろからギューっと抱擁されていなければよりまともだったような気もする。ものすごいふわふわというかぷにぷになものが首の後ろを劣等感という名の凶器で責め立ててくる。

「ナ~モナモ~」

 加えて、ふわふわとしたいい匂いが追い打ちを掛けてくる。あたかも尋問を受けているみたいだ。拷問とは真逆のものなのだけれど。

「あ、あたしは別に、そんな悩みごとなんてない、けど」

 というのは勿論嘘で、色々と抱え込んでいることは山積みだ。素直に答えたところで解決できるような悩みはそんなにない、というのが本音。

「んふふ……そんなんウソやって顔に書いてあるよぉ?」

「んひゃあぁっ!?」

 お姉様の見えざる手が、ちょっとシャレにならないクリティカル的な場所をピンポイントで刺激してきた。何もかもがお見通しとでも言いたげだ。その優越感に満ちた横顔が全てを物語っている。

「言うてみ? 言うてみ?」

「ぁひゃ、ん! んひひぃ……っ! お、お姉様、そ、そこは……んっ」

 あたしの身体そのものが電極にでもなったみたいに、電流のような刺激が的確に流れ込んでいく。そのまま上り詰めて、脳天まで貫いてもはや落雷のよう。

「かは……っ!」

 危うく、呼吸が停止する寸でのところで、床に逃げ場を求めるように倒れようとする、が、ふわふわの見えない遮蔽物が倒れる身体を優しくすくい上げる。やはり逃がしてくれる気は毛頭ないみたいだ。

 このままでは殺される……、間違いなく、白目を剥いて果ててしまう。

「し、し、しにゅぅ……、はひゅぅぅ……」

 自然と涙がじわりと込み上げてくる。なんかもう目頭が熱くなってきた。それ以上に熱くなっているところもあるんだけど。

 まさか、お姉様、怒ってる?

 分かりづらい。全然、分かりづらい。

 あたしの、ゼクに対する本音を聞いて、イラだちを覚えているのかも。だけれど、かといって、「ゼックンはうちだけのものや」なんて立場からしてもお姉様の性格からしても言えるもんじゃない。

 だからなのか。とめどなく溢れるジェラシーがこうなってしまうのか。

 じゃあ、だからといって逆に「ゼクはお姉様だけのものです。もう手も触れません」なんてことを言えるかと言えば無理だ。そんなのも無理。絶対無理。イヤだ。

 この『ノア』での共同生活、そしてその目的はあまりにも不安定すぎるとは思っていた。そもそも男女比率もおかしいし、こういうことが起こるのも必然だ。

「えいっ!」

「んひぃぃぃぃぃっ!?」

 電撃のようなソレが身体を駆け抜けていった。目の前が真っ白になり、一瞬意識もぷっつりと途切れた気がした。もう足に力を入れることもできない。

 とっくに床に落ちているはずなのに、お姉様はそれをも阻害する。

「はぁ……ひぃ……、ぇほ、ぇほ……、かふっ」

 呼吸の仕方を忘れてしまったみたいにむせ返ってしまった。

「ぁ~、ちっとやりすぎたかなぁ」

「えふっ、ひっく」

 まるで息が整わない。のに、身体の芯に残るソレは苦痛とは言えない、痺れるような甘い余韻。もう骨ごと溶けているみたい。

「ごめん、ごめんなぁ、ナモナモ」

 なでなでと、優しくそっと頭を撫でられる。心地よささえ覚えるくらいに、とろけた身体に馴染ませるよう。さっきの今は何だったのかと思うくらい、もうしばらくこうしていたいほど。

「ナモナモ、うちはだぁれ?」

 目の前で手をパタパタさせ、ふわふわとした微笑みで、問いかけてくる。

「お、おねえしゃまぁ……」

 回りきらない舌で、なんとか答える。すると、ぽんぽんと撫でるように頭のてっぺんをまた叩かれる。お姉様なりの反省のつもりなのだろうか。

 あたしの状態はといえば依然として、ふわふわと若干宙に浮かび、感覚としては抱っこされているみたいな気分。端から見たらまるで水中遊泳のような、重力を無視した不思議な光景なんだろうけれども、正直言ってこのふわふわ感はなかなかに気持ちいい。

 さっきまでのあれそれが全く気持ちよくなかったのかと言えば全然そんなことはないのだけれど、この公園にきた当初の目的である気分転換は、図らずも予期せぬ形によって果たされた。

 こういうのを、飴と鞭っていうんじゃないのかな。

 ふわふわ心地にくたくたな疲労も相まって、眠気が舞い降りてきた。ああ、眠い。ものすごく、眠い。うとうととしていることにお姉様も気付いているのか、優しく撫でる手が一層あたしを夢の世界へと誘う。

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