第九章

もっとえっち、しよ?

 油断するとすぐにこうだ。

 あたしはちょっと気分転換に公園の方まで足を運んだだけだった。ここなら自分の部屋にこもっているよりもいくらか窮屈な気分から解放される。

 なんといってもここには緑がいっぱいで、かつての地球の雰囲気をよく思い出せる。と、思っていたのだけれども。

「ナモナモ~」

 颯爽と空から襲撃してきたのは超能力者サイコスタントキャナこと、お姉様だった。

 ふわふわと宙を舞い、あたしの目の前を覆い尽くすようにそのまま両腕を広げ、そして一瞬にして世界が真っ暗になる。

 むにゅりという、なんともはや凄まじい窮屈な感触を顔面一杯に残して。

「ばっふ」

 勢いのまま倒されてしまいそうだったが、まるで後ろにクッションでもあったのかというくらい、ふわふわと受け止められてバランスを崩すことはなかった。おそらくこれもお姉様の超能力によるものなのだろう。

 どういう理屈なのか、どういう原理なのかはよく分からないけれど、お姉様は不思議な力を使うことができる。この時代では超能力者サイコスタントと呼ばれているらしい。

「ナモナモ、こんなとこでどしたん?」

 まるで何事もなかったかのように、ぱっふりぱっふりさせながら言葉を続ける。割とお姉様はいつもこんな調子だ。気を抜いているとすぐにこうやって襲われる。

しゃ、しゃんほさ、散歩……。ほにぇしゃまこほお姉様こそ……」

「うちも散歩や」

 宙を優雅にふわふわと移動している辺り、もはや散ではないのだけれど、そこはツッコむところではないか。

「奇遇やなぁ~」

「わっひゃっ!?」

 二の腕、脇の下、脇腹、太もも……。一瞬にして身体中をなめ回すような感覚がぶわぁっと一挙に押し寄せてくる。的確な位置を把握しているのか、時に大胆に、時に焦らすように、妙に巧みでクセになりそうな刺激が上り詰めてくる。

「はにゃぁ~……」

 お姉様は目の前のソレを除けば、一切の手を触れていない。見えない無数の手が、あたしの全てをまさぐってきているのだ。かなりのテクニシャンっぷりに、足腰もすぐに溶けるように力が抜けていくが、それでも体勢は崩れそうで崩れない。

 否、崩させてもくれない。

 触手が全身を包んでいるようなもの。逃げることも倒れることも許可なしではできないようになっている。

「あふっ」

 あっという間に、頭が、ぼんやりとしてくる……。

 身体の芯が熱を帯びていくような、のぼせていく、そんな感覚……。

 普通の人間では、けして味わえない、何人分だろう、いや、何人が束になっても届かないくらいの、この、ほとばしるくらい官能的な、快感は……。

 一体、自分の何処が、どのように触れられているのかさえも、把握できないくらい、それでいて、ピンポイントな攻めが、理性を蹴り飛ばすように……。

「うあぁーっ!」

 頭が真っ白になりかけたところで、力を振り絞り、身体ごと後ろへと逃がす。

 いかん、危ない危ない。また流されてしまっていた。恐るべし、超能力。

「にゅふふ……、もっとうちに身体を委ねてええんやで?」

 ピンク色のオーラをまとった笑顔で言う。

 逃げられた、わけじゃない。むしろ今のは逃がしてもらった、というのが正しいだろう。お姉様はこうやってあたしを弄るのを日課にしているところがある。

 正直なところ苦手だ。そう一言で言ってしまってもいいのだけれど、ここまでの激しいスキンシップをしたこともされたことも以前まではなかったし、何より兄弟や姉妹もいないあたしには新鮮みのようなものもないわけでもない。

 だからといってそのまま身を委ねるわけにもいかないのだけど。

「はぁ……はぁ……、はふぅん……、お姉様って前からこんなことしてたの?」

 息を切らせつつ、茹だったぼんやり頭で、なんとなくほんわかと頭の中に沸いて出てきた言葉がそのまま口から出ていく。

「んにゅ? どーいう意味かな?」

「あ、いや、……ぁふ。深い意味はないんだけど、なんかこう、凄いなぁ、って」

 ここでいう「凄い」の意味は一言では言い表せるものではないんだけど。

 かなりダイナミックなスキンシップだ。初対面からこんな感じだし、あのゼク相手にも遠慮なく攻めていく様子が見てとれる。最近は若干、お姉様はゼクとの距離感を見計らっているような、そんな雰囲気もあるけど、まあ、そこは深くは触れまい。

「……ゼクとも励んでるみたいだし、ちょっとなんか羨ましいなって」

 なんか、ちょっと嫌みな言い方になってしまったかもしれない。

 まだ頭がぼんやりしていているみたい。

 あたしはこのコロニー『ノア』で人類を滅亡の危機から救うために、できる努力をすると決めた。まだ少し揺らいでいるところはあるけれど、でも義務感とは違う、感情を抱いているのも確かだ。

 だから、ゼクとも、その、繁栄のための活動、というものを、自主的にやっているのだけれども、なんだかだんだん触れ合う度に心の何処かに重しのようなものが足されていっているような気がして、心の奥にもやが掛かってきている。

 それはきっと、頭で分かっていても煮え切らないものがあるせいだろう。

 その反面、お姉様は羨ましいと思う。こんなにも積極的になれるんだから。

「羨ましい、ねぇ」

 よく分からない顔をされてしまった。怒っているのか喜んでいるのか、ちょっとあたしには判別しがたい。あたしでも急にそんなことを言われたらこんな顔になってしまうかもしれない。

 今のあたしたちの状況というのはとても複雑だ。

 子作りのための性行為をしなければならないという立場に置かれている。恋愛感情など二の次のような扱いのようでいて、その実、みんな口には出さないものの、ゼクに対してそれぞれ思うところがある。

「ナモナモももっとゼックンに攻めていけばええんよ」

 また笑顔で言われる。ただ、その笑顔は何処か曇っているように見えた。

 ひょっとするとぼんやりとしすぎて地雷を踏み抜いてしまったのか。

 お姉様の考えていることは本当に分からない。自由気ままで、ふわふわで、掴みどころがない。こんな笑顔を前にしても。

 平然と同じ人と事に至ってるこの現状をどう感じているのかもはっきりと分からない。もしかして、お姉様はゼクを誰にもとられたくない、なんて独占欲を抱えている可能性だってあるんだ。

 そこを突くのはヤブ蛇だったか。

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