ねぇ、子供あと何人ほしい? (3)
プニカはクローンという存在。
それは遺伝子情報の複製によって生み出される、ある種の人工的な生命。
この時代の技術ではどの程度のものなのかは知りようもないが、親がいないという点は共通だろう。
強いていえば、オリジナルのプニカが親みたいなものだが、プニカは何百年も前からストックされてたらしいし、今のプニカにその何百年も前のオリジナルと接していた記憶があるとは思えない。
そもそもオリジナルに育児をされること自体、クローンの用途からしてまずないだろうし。
「ですから、親の愛というものはどういうものなのか。私はこの赤ん坊にどのようにして愛を注げばいいのか、分かりません」
一気に空気が重くなる。
「まあ、この講習会はそういうのを学ぶ機会だからな」
「そうだよプニー。一緒に学んでいこ?」
まるでプニカの慰め会だ。
「親がいないのは俺もだしな。深く気にすることじゃあない」
「え? ゼクもクローンだったの?」
「いや、そういうわけじゃないが、なんていうかな、人工授精ってヤツだ」
しかもちょっと変わったアレだが。
「あぁー……、ゼックン、シングルナンバーやったなぁ……」
「ええと、よく分からないけど、それってクローンとは違う感じ?」
「まあ、かなり違うな。クローンはベースとなる人間がいて、それを複製したものだが、俺の場合は提供された精子と卵子を人工的に受精させて、一応は人間らしく産まれている」
「前にも似たような話があったけど理解できてないのよね、そこんとこ」
精液提供マシーンの下りは忘れておいてくれ。忘れたい。
「覚えるほど重要な話じゃないさ。生まれ方がちょっと違うくらいで」
人の出生を知ったところで結局のところは同じ人間である以上、そこを区分けすることもないだろうしな。
「でもゼックン、赤ちゃんのあやし方うまいなぁ」
「そうか……?」
「是非ご教示いただきたいです」
「あぶー」
同じ顔が二つ並んで俺を見つめてくる。それはまた随分と難題を吹っかけられてきたものだ。育児のカリキュラムは受講していないつもりなのだが。
「それは俺なんかよりも、他の二人の母親……、ママの方が適任じゃないかな」
「……ま、ママ」
「うへへぇ……」
ナモミとキャナがそれぞれ違った赤面する。将来的に、俺はこの三人を母親にしなくてはならないという使命を持っているわけだが。
はたして、俺自身は父親として本当に適任なのだろうか。
『定時刻になりました。シミュレーション終了です』
ぼんやりしていると、マザーノアからのアナウンスが掛かる。
もうそんな時間か。
三者三様の腕の中にいた赤ん坊たちがフワリと煙のように消える。
「あ……っ」
名残惜しそうに、ナモミが切なげな表情を浮かべる。所詮はレプリカ。作り出されたものであって、本物ではない。
のだが、あれほど精巧に作られていると思っていた以上にショッキングな光景だ。
今の今まで愛情を注ぎ、愛情を振りまいていた赤子がまるで何事もなかったかのように消え去っていくというこの消失感はなんだろう。
「赤ちゃん……」
なんとも、ものほしそうな顔でしょげている。喋らなくてもナモミのあの顔は「赤ちゃん欲しいな」と言っているようだ。
その後ろで目をきらめかせているキャナは「じゃあ、本物を作らなきゃ」と瞳で勝手に会話している。
一方で、プニカに至っては「私に子育てなんてできるのでしょうか」と一人、物思いにふけるようなアンニュイオーラをもらしている。
三者三様、今回の育児シミュレーションの講習を経て、色々と経験値を積み、またこれからのことについてそれなりの心境の変化があったに違いない。
じゃあ、俺はどうなのだろうか。
これから父親になる身として、俺はどうすればいいのだろうか。
結論を出すには時間が掛かりそうだが、結果を出すまでに時間は足りない。
俺自身、踏ん切りをつけなくてはならなそうだ。
「なあ、プニカ。少し相談があるのだが」
「は、はい。なんでしょうか?」
「俺のネクロダストのポッドに、メモリアルフィルムは残っていたか?」
「ん。……え、ええ。そのデータでしたら復元にも成功して、確認する分には特に問題のない状態となっております」
「じゃあ悪いが、俺の部屋にデータを送っておいてくれないか」
「はい、分かりました。手配しておきます」
突然何を言い出すのだろうという表情だった、のかは定かではないが、相変わらずの薄っぺらいポーカーフェイスでプニカは返答する。
さっきの笑顔を持続させるよう要望出しておくべきか。
残っているのなら好都合か。まあ、残っていなかったとしても不都合ということにはならない程度の代物だが。
「それでは、今日の講習はこれまでとして、解散いたしましょう」
プニカが一応の指揮を執る。
プニカにとって今日の成果はおそらく過去に経験してきたものの中で最も大きいものだったと思われるが、それでも周囲に遅れているという自覚を持ってしまったせいか、少々複雑な心境に違いない。
将来の旦那……という確約された立ち位置である身としては、気の利いた言葉を掛けるべきなのだろうが……。
普通に、自然に、いつも通りに接するという優しさで誤魔化すという選択肢を選ばせてもらおうか。
※ ※ ※
自分の部屋で一人、モニターのデバイスを操作していた。
モニターに投影されるソレと、スピーカーから流れてくる音声に集中しながら。
「ねえゼク、聞いてる?」
「うおわっ!」
いきなりスピーカーの外から大音量のボイスが貫いてきた。何事かと振り向けば、確かさっきまでいなかったはずのナモミの姿がそこにあった。
この映像や音声があまりにも精巧に作られすぎていた弊害か。この俺が気配を読めないとは、二十億年ものブランクは相当なもんだ。
「なんだ、いつの間にいたんだ」
「たった今よ。呼びかけても返事しないし」
「そうか、それは悪かった」
「で、コレ何?」
コレ、というのは間違いなく流れているこの映像のことだろう。
二人の男女が優しそうにこちらへ語りかけてくれている。ただそれだけのものだ。
「これは、俺の両親だ」
「へぇ~、これがゼクのパパとママなんだ。そういわれてみると。……ん? あれ? なんかおかしくない?」
今、気付くのが少し遅くなかったかね。
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