選挙期間突入
立候補締め切り翌日の十八日。昼休みの時間に選挙管理委員会の手によって、確定した立候補者の名前が掲示板に貼り出された。
平成三十年度 緑葉女学館生徒会長選挙立候補者(届け出順)
昨年の二十名もの立候補者が出た大戦乱状態を知っている人が見たら物寂しいと思われるかもしれないが、ド真ん中に記載されている黒部真奈の名前は目を引きつける。下二名は常任委員会所属だけれど私は人となりをよく知らないので、居合わせた同クラスの団さんに尋ねた。
「この二人、めっちゃ仲悪いよ」
淡々とした回答だった。
「え、そうなの?」
「なんか些細なことで喧嘩してね。名前の順で整列するときなんかこの二人の間に入らなきゃならないからほんとイヤ」
そかべ、だん、つまがり。
「そりゃ大変だね」
「多分津曲さんが立候補して、曽我部さんも対抗意識燃やして立候補したって感じだけど、南組全体としてはどっちか片方に味方するというわけにいかないので自由投票することにしてる。ま、二人は菅原さん古川さん真奈さんに比べたら知名度が圧倒的に足りないし、泡沫候補とみて良いよ」
団さんはクラスメート相手でだろうと容赦なく断じた。その隣りにいるキノコ頭がフルフルと揺れる。
「ってことは三つ巴の戦いか。一騎打ちより燃えるシチュエーションだわ、なあすがちー!」
古川さんが同意を求めてきた。
「何でよ?」
「だって三国志みたいっしょ。サブどうしで同盟組んで黒部真奈を潰すとかどうよ?」
「いや潰す、て。そんな物騒な言葉使っちゃだめだよ。正々堂々戦わないと」
「ノリ悪ぃ奴だなー。真面目かっ」
「真面目で結構メリケン粉」
「「……はあ?」」
古川さんと団さんが「何言ってんだこいつ」みたいな顔をする。母さんが気に入っている古いギャグを勢いで使ってしまったが見事にダダ滑り……柄にもないことをしちゃダメだな。
「そ、それで団さん。三人の中ではどういう選挙情勢になりそうなの?」
苦し紛れに団さんに無理やり話を振ってみた。
「うーん、まだ詳しく調べたわけじゃないから個人的な感想になるけど。まず古川さんはこんなのでも前期課程の生徒を中心に意外と支持層があるし」
「こんなのって言うな。うーわ。傷つくわー」
もちろん古川さんはそんな素振りは一切見せない。
「菅原さんは謹厳実直なイメージがあるから、全学年に幅広く支持があるっぽい。編入生という物珍しさも手伝ってるけど、何よりクセが無いのがウケてるんだろうね」
それは単に周りにクセ有りの人間が多すぎるだけというのもあるけれど。
「問題は真奈さんよね……後ろにお姉さんがいるから」
もう卒業間近の六年生には投票権はないが、応援するのは自由だ。真矢先輩は絶対に妹の選挙応援をする。真矢先輩にはファンが多いが、そっくりそのまま真奈さんの支持者に変えてしまうことは簡単なはずだ。
「結論。今の状態では全くどうなるか読めません」
「要は、選挙運動次第ってことだな」
古川さんが手短にまとめた。
「ま、正直言って三人のうち誰が勝とうが私は良いんだけど。会計か書記にしてくれたらそれで良いし」
「んなこと言ってっけど、もし私が会長になったとしてだな。心変わりして『やっぱお前イラネ』ってなったらどうすんべ?」
古川さんはもちろん冗談のつもりで笑っていたのが、団さんは至って真顔で回答した。
「それはないって信じてるから」
「真面目かっ」
「真面目で結構メリケン粉」
「うっわー寒っ! 誰だよこんな寒いギャグ考えた奴は」
二人とも私を笑ったものだから、小憎らしい二人を小突いてやった。全く選挙前とは思えない緊張感の無さである。
放課後、選挙管理委員会に立候補者たちが呼び出された。記念写真と選挙ポスターの写真の撮影のためだ。
団さんの言った通り、津曲さんと曽我部さんは仲がよろしくないようでお互い話をするどころか目も合わせようとせず、同クラスなのに不自然な挙動が目立った。だからなのか、記念写真撮影では二人の間に私が入って、古川さんと真奈さんが両端に立つという格好になった。つまり、私はド真ん中の位置だった。
そういえば大昔には「真ん中で写された人は早死にする」という迷信があったと聞く。でも合宿のときに見せてもらった河邑先輩の曾祖母のきくさんの緑葉時代の写真では、生徒たちを侍らせるような格好で堂々と真ん中に写っていたにも関わらずいまだに九十代手前でもピンピンしている。迷信は迷信でしかない。
「それではポスター用の写真を撮りますね。じゃあ菅原さんから」
今度はトップバッターだった。届け出順で写すらしい。委員の指示で壁の前に立つと、何かポーズを決めてくださいと言われた。
「え、ポーズですか?」
「ええ。恥ずかしいのであればしなくて構いませんけど、笑顔だけは必ずお願いしますね」
それは当然。政治家の選挙ポスターはどれも笑顔か自身に満ち溢れた表情しかない。印象は大事だ。ただ、突っ立ってニコッというのも味気ないので顔の横でグッと拳を握ってやる気をアピールした。
選挙管理委員会の仕事はとても早く、翌日の朝には全立候補者のポスターが完成していて掲示板に貼り出されていた。
「おー、よくできてんじゃん」
隣りにいるマスク姿の生徒、カクちゃんこと赫多かえでさんが褒めてくれた。彼女は風邪をひいて以来、マスクが手放せなくなっていた。
「この笑顔でのガッツポーズはいいな。やってやるぞって感じで」
カクちゃんは目を細めて、私の写真と同じポーズを取る。
「やっぱりやる気を見せる姿勢って大事だし」
「だよね。ていうかみんなの性格がありありと出ている感がある」
古川さんは某芸能人よろしく中指薬指を折りたたんだ状態で両手をクロスさせてドヤ顔を決めている。真奈さんはポーズを取っておらずただ静かに微笑んでいるが、容貌の美しさもあって美術家が描いた人物像のような雰囲気が出ている。曽我部さんと津曲さんはそれぞれ顔の向きが左と右で、ポスターですら顔を合わせようとしていなかった。
「あ、菅原さんだ。おはよう!」
二人組の生徒に声をかけられたが、名前も顔も知らない。学年章は五つ葉、五年生の先輩だった。
「おはようございます」
「選挙頑張ってね!」
「応援するからね!」
「あ、はい。ありがとうございます!」
二人組は私に手を振って、教室に向かっていった。
「先輩からも支持されてんじゃん。幸先いいねー」
「えへへ、ちょっとびっくりしちゃった」
みんなにとっては自分たちの代表を選ぶ大切な場。私たち候補者五人は投票が終わるまで注目の的になる。ますます頑張るぞ、という意欲が強くなってきた。
教室に入ったら、クラスメートたちが来た来た、と騒ぎつつ一斉に私の方に向いた。
「菅原さん待ってたよ! ちょっとこれかけてみて」
宮崎さんが手渡したもの。選挙運動の必須アイテム、タスキだった。タスキは緑色で、白抜き文字で『生徒会長選挙立候補者 菅原千秋』の名前が大きく書かれている。
「作ってくれたんだ……」
「四年北組は菅原さんを断固支持しますっ」
宮崎さんの力強い一言が心臓をグッと掴んできた。
「ありがとう! じゃあ早速……」
私はタスキをかけた。クラスメート三十九人分の意志の重みをずしりと肩に感じ取る。
「おおおー、かっこいいよー!」
やはりと言うべきか、宮崎さんは自分のカメラを取り出してカシャカシャと私を撮り始めた。
「ポスターと同じ格好してよ」
「こう?」
「ああー最高!」
心のどこかで何だかなーと思いつつも、私は笑顔とガッツポーズを見せて様々な角度から目一杯撮られた。
「みんなで撮ろうよ、みんなで!」
カクちゃんが大声を出す。まるで自分のことのように思っているのか、テンションが上がっていた。
「おおーいいねー! 撮ろう撮ろう!」
みんなはしゃぎながら私の左右を取り囲む。このノリの良さがいかにも緑葉女学館らしい。
唐突な「出陣式」だったが、燃え上がった意欲の炎をさらに激しくするのには充分すぎた。
*
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
昼休みに私たち立候補者五人は中庭に集まり、タスキを肩にかけて生徒たちに目一杯愛想と手を振りまいては頭を下げた。律儀に頭を下げて返してくれたり手を振り返してくれたり、無視されることもあるけど常にニコニコと。
「去年の会長選は殺伐としてたけど、今年はゆるい雰囲気で良かったべ」
古川さんが生徒たちにニコニコ顔を向けたまま、私に言う。
「まあ全部今津なんとかという人のせいだけどな」
「わかる」
今津会長は二十人もの立候補者の中で、当初は単なるイロモノの泡沫候補としてみなされていたらしい。ところが広報委員会で培った宣伝の戦略と戦術を駆使して、本命視されていた河邑先輩を抑えての勝利。このとき反今津派もあくどいネガティブキャンペーンを繰り広げていたらしく、選挙管理委員は去年と同じことがないようにと注意を呼びかけていた。
「御大、当選した後しばらく『緑葉のドナルド・トランプ』って呼ばれてたな。あれも泡沫候補からの成り上がりだし。あ、みなさん清き一票をお願いしまーす。この古川恵には汚い一票でもいいですよー」
通りがかった生徒の集団に古川さんがアピールする。背丈が小さいから前期課程の一年生だと思うけれど、先輩相手でも遠慮げなしに指さして笑ってきた。
「敵作るタイプなのと性格が奇矯な点も似通っているよね、確かに」
「本家トランプばりに図書委員長をクビにしたりもしたな」
五人のうち誰が会長になろうとも、今津陽子という名物会長の強烈なキャラクターには敵わないだろう。
その「緑葉のドナルド・トランプ」が中庭に姿を見せた。
「おいーす、頑張ってっかー?」
「会長、お疲れ様です」
「会長って呼ばれるのもあと二週間足らずだなー。さて菅原会長になるか、古川会長になるか」
含み笑いしながら私と古川さんを交互に見てくる。
「それとも、黒部会長かなあ?」
今津会長は真奈さんの前に立つと、自分の赤いフレームの眼鏡と相手のノンフレームの眼鏡がぶつかりそうになるぐらい顔を急接近させた。
「えっ、あのっ、はいっ、よろしくお願いします!」
「にゃはははは!」
会長が真奈さんに嫌われていると知った上でからかっているとしたら、全く良い性格をしている。決して性格が良い、ではない。
「んじゃなー」
会長は手をひらひら振って南校舎の方に入っていった。曽我部さん津曲さんはガン無視で。
「真奈さん、大丈夫?」
「う、うん。でもやっぱり私、目をつけられてるみたいだね」
「やっぱり、ってことは真奈さんも薄々気づいてたの? 自分の立候補に対して会長が不快感を持っていることを」
「私は生徒会側からしたらよそ者だしね」
真奈さんは眉毛をハの字にして苦笑いした。
「いやいや、そんなこと言い出したら、私だって去年ここに入ったばかりのよそ者だし。会長はね、真奈さんにビビってるんだよ」
「ビビる? あの人がまさか……」
まあ確かに会長はそんな玉では無いけれど、方便というやつだ。
「それだけ真奈さんの存在感が大きいってこと。だから自信持って」
真奈さんは目をしばたかせて、先程とは打って変わっての、にこやかな顔つきになった。
「ありがとう、菅原さん」
真奈さんはまた、通行人に手を振りはじめた。
「対立候補に塩送る真似して。このお人好しめが」
古川さんがからかってきたが、口調に悪意はこもっていない。でもお人好しで結構メリケン粉、と心の中で言い返してやった。
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