不信任案採決
「竹園さん。前に出てきて本件についての説明をお願いします」
竹園先輩はズカズカと演台に上がった。
「それでは、不信任案提出の理由について説明させていただきます……」
先輩は感情的にならないように努めてはいたようだけれど、ところどころで言葉を荒げた。内容としては今津会長や美和先輩の人格に問題があり、生徒会を引っ張っていくのにふさわしい人物ではないということ。特に美和先輩については、さすがにボカして伝えてはいたが過去の女性関係に絡めて、怪文書事件の原因を作り生徒に要らぬ動揺を与えたことを糾弾し、会長に任命責任があるとした。
そして自身が図書委員長を解雇された件では、目に涙を浮かべながら自身の正当性と会長の非人道性を主張した。会長席の方を見やると今津会長は腕を組んで目をつむったままで、それを見た誰かが「ちゃんと話聞きなさいよ!」と野次を飛ばした。
「……以上、不信任案に賛成するよう強くお願いいたしまして、説明を終わらせていただきます!」
「では、これより質疑を行います。発言する際はまずクラスと名前をお願いします」
まず四年生の集団の方から手が上がる。私はマイクを持って早足で向かった。
「四年南組の
「お答えします。先程手を挙げた人たちの数を見ましたか? これだけ不満を抱えている生徒が多いということは、私個人の問題だけではないということです」
質疑がどんどん上がっていくも、竹園先輩は冷静に淀みなく受け答えをした。一貫して私だけの問題ではないのだ、と強調しつつ。
「それではこれより討論に入ります。意見のある方は前に出て発言をお願いします」
ここがいよいよ山場の中の山場である。
私は自分が撒いた種がどうにか芽が出ますように、と祈った。すると五年生の方から手が上がった。
「どうぞ、前に出てきてください」
「五年北組の
久慈先輩の所属する五年北組は会長副会長と同じクラスである。それなのにほぼ人格攻撃に近い形で両名を容赦なく非難する。二人とも、クラスメートの糾弾を眉一つ動かさず聞いていた。
久慈先輩の演説の合間に拍手と野次が飛ぶ。拍手は良いが、いや、私の立場からすれば良くないのだが、野次はダメだろう。でもこれこそが緑葉にとってフツーの生徒総会なのだという。
「議案を形だけ質疑討論するだけして流れ作業で承認して、でも生徒の大半は心の中では生徒総会なんてどうでもいいから早く帰りたいと思っているようなモノとは違って楽しいよ」
と、生徒総会が始まる前に団さんに言われたのだが、確かに私が通っていた中学校とは全然違うのだ。良くも悪くも「熱い」学校なんだなと改めて思い知らされた。
このエネルギッシュなやり取りを一年生たちはどう思っているのか、チラッと様子を見ていると、何と久慈先輩の演説に拍手を送っている子の多いこと。いやいや、流されちゃだめだって!
これは非常に不味いかもしれない。不信任案可決には3分の2以上の賛成が必要だが、一年生の動向次第では可決してしまうかもしれない。
しかし、今津会長ならきっとこの程度の向かい風は予測していたはずだ。美和先輩だってそうだ。だからこそ私に「仕事」を託したのだ。
「他に意見はありませんか? 反対意見はありませんか?」
「議長!」
六年生の一人が手を上げる。その生徒が立ち上がった瞬間、どよめきが起きた。よし来た! と私はグッ、とガッツポーズをした。
「どうぞ、前に出てきてください」
「六年西組の黒部です。私は不信任案に断固反対します!」
スピーカーから増幅されたアルトボイスが体育館に響くと、歓声か悲鳴かよくわからない声が起こった。さすがはイケメン女子ランキング一位の黒部真矢先輩だ。
私が託された「仕事」とは、不信任案が出た場合に真矢先輩に反対討論をしてもらうよう根回しすることである。より正確には、妹の真奈さんを通して姉に働きかけてもらったのだ。思った通り、真矢先輩は妹の頼み事を聞いてくれたようだ。
「久慈さんは二人の人格を言うけれど、個性的な緑葉の生徒をまとめるにはそれ以上の個性の持ち主で無ければできないことだと思います。それに聞いた話では竹園さんが罷免されたの、会議の場で会長を殴ろうとしたのが原因らしいじゃないですか」
「違う! そんなことしてないわ!」
竹園さんが叫ぶ。怪文書事件の日の会議の場で殴ろうとした件、正しくは詰め寄っただけなのだけれどなぜか大げさに伝わっているようだった。だけど竹園さんが否定しようとざわめきは止まらない。会場の風向きが変わっていくのを私は感じていた。
「静粛にお願いします! 他に賛成の意見はありませんか?」
「はい議長!」
と二年生。ここに来て前期課程の生徒が初参戦だ。
「二年東組の
このイベントとは異種剣技戦という名目の決闘にほかならない。私だって最初は反対で茶川さんも本音では反対していたけど、他にもわずかながらいたらしい。しかし今更この場で反対されてもどうにもならないのに。
「反対意見は――」
「はい! はいッ!」
工藤先輩が言い終わる前に三年生が勢いよく手を上げた。真奈さん経由で根回しした相手は一人だけではない。わけのわからないイベントの当事者だったイケメン女子ランキング四位の彼女が登壇すると、歓声が上がった。
「三年西組の清原操です。あのイベント、というか決闘は元々私と黒部真矢先輩との揉め事を解決するために会長が提案したもので、やると言ったのは私達だ。おかげで円満に解決できて良かった。結果論かもしれないけど、他の人間が会長だったらこうはならなかったと思ってる。だから会長の不信任案には絶対反対だ!」
反対に対する賛同の拍手が賛成のそれよりもあからさまに大きくなっていた。かつて反目しあっていたイケメン女子二人が意見を同じくする。少年漫画のような熱い展開に心打たれた生徒も多いようだ。
旗色の悪くなった竹園先輩は、顔色もみるみる悪くなっていた。もう勝敗は決まったようなものである。でも、もしも会長が決闘のどさくさに紛れて一服盛ったことが二人にバレてたら、多分二人とも不信任案賛成の方の演説に回って詰んでただろうな……と考えると背筋がゾッとなった。
「他に意見は? 意見はありませんか? ありませんね。それでは採決に移ります。生徒会長ならびに副会長不信任案に賛成する生徒の起立を求めます!」
立ったのは竹園先輩を含めて目視ですぐ数えられる程度しかおらず、最初に挙手した時よりもかなり減っていた。竹園先輩は何やら苦し紛れに呻いた。
「起立少数です。よって生徒会長ならびに副会長不信任案は否決されました!」
今津会長と美和先輩は立ち上がって深々と礼をして、拍手を受けた。私も期末テスト最終科目が終わった後のように気が抜けそうになったが、会長の叱責を思い出して気合いを入れ直したのだった。
こうして生徒総会はところどころで休憩をはさみながらも、長丁場を議長の工藤先輩と副議長の園川さんが何度か途中交代しながら進行した。最後の議案の採決が終わった頃には予定時間がオーバーしてしまったぐらいに、白熱した議論が交わされた。
熱くて長い総会が終わった後の会長の閉会のことばは、開会のそれよりも感情がこもっていた。
「まずは改めて信任を頂き、ありがとうございました。副会長の高倉とともにお礼を申し上げます。ですが、私たちに不満を抱いている方は正直、もっといるだろうと思います。その中で堂々と声を上げて批判してくれた方の意見は重く受け止めます。そして皆さんがわり良い学校生活を送れるよう、私と高倉、その他生徒会執行部一同、常任委員会ともども精進努力して参りますので、これからも皆さんの声を聞かせてください。残り半年の間、よろしくお願いします!」
*
遅めの
「千秋、お疲れ様」
「あっ先輩! 先輩もゴミ当番だったんですね」
美和先輩はふふっと笑った。
「さっきはありがとう。千秋のおかげで陽子の首が繋がったよ」
「いえ、そんな」
「あれ、何だか嬉しそうじゃないね。長丁場でしんどかった?」
「そうじゃないんです。ただ、真奈さんを利用した格好で何だか申し訳ない気持ちになっちゃって」
「この真面目さんめ」
先輩が私のおでこをちょんちょんと突っついた。
「利用したじゃなく『助けてもらった』でしょ? 今度真奈さんが助けを求めた時にお返ししてあげれば良いだけ。それで釣り合いが取れるから」
私は真奈さんに根回しを頼み込んだことを思い出す。彼女は「この前下着を洗濯してくれたお礼に」と言って引き受けてくれた。だから一応は貸し借り無しの状態になっている。それでも下着の洗濯と不信任案否決の協力とでは釣り合いが取れなさすぎだから、また改めてお礼しなければいけないと思っている。
「さ、早く生徒会室に行こ? 反省会と打ち上げがあるよ」
あ、そうだ。この後生徒会室で執行部と常任委員会を集めての反省会と打ち上げをやるのをすっかり忘れていた。気が抜けるとすぐこれだ。これが私の一番の反省材料だな。
校舎に戻ろうとしたところで、さめざめと泣いている集団に出くわした。私が声をかけようとしたら、美和先輩が「放っておきなさい」と止めた。
「あの子たちは不信任案の造反組」
そう耳打ちしてきた。
「何でわかるんです?」
「だって、最初手挙げてたのに採決で立ってない子が何人かそこにいたから。私しっかり覚えてるもん」
「よく覚えてましたね……でも、何があったんでしょう?」
「さあ? でも構ってやることはないでしょ。行こっ」
美和先輩冷たい一言を言い放ち、私の背中を押すようにして歩かせる。すると今度は校舎入り口のところで、予想外の光景が目に飛び込んできた。
竹園先輩が座り込んで大声で泣いている。その彼女を慰めているのが仇敵とも言える存在、今津会長だったのだ。
「おーおー、よしよし。気が済むまで泣け」
「わああああ!!」
竹園先輩は会長の胸に頭を預けるように抱きついた。そんな先輩を会長は小さな子どもをあやすように「よしよし」と撫でる。
「どうしたの?」
さすがにこれには美和先輩も看過できなかった。
「聞いてくれよ美和ちゃん。竹園のヤツ、採決の造反者を問い詰めたら逆に開き直られて吊し上げを喰らっちゃったんだ。その現場をたまたま私が通りかかったら造反者ども、私にヘコヘコしてきてさあ。その態度にムカついてガツンと言ってやったんだよ」
それでさっきの人たち、泣いていたのか。
「陽子、まさかとは思うけど物理的にガツンはしてないよね? いつも古川さんにやってるみたいに」
「ありゃ私なりの愛情表現だ。本当に嫌いなヤツなら言葉だけで責め倒す」
何を言ったのかわからないけれど、トラウマになるぐらいのことの酷いことを言ったには違いない。
しかし造反組に同情的にはなれなかった。というのも、その人たちが実は活動停止中の美術部のメンバーだったと会長の口から聞かされたからである。不正会計を暴かれたことをまだ逆恨みしていたらしく、反今津派の先鋒となった竹園先輩に擦り寄ったらしいのだ。
「しかし旗色が悪くなった途端に態度をコロッと変えやがった。多分、私の歓心を買って美術部の活動停止を解いてもらおうとした腹積もりがあったんだろうな。ホント、人間ってなんだろうな」
「……」
竹園先輩を後ろから撃つような行為に、私はカーッと頭に血が昇っていくのを感じた。朝飲んだスッポンの生き血ドリンクが一周遅れで効いてきたかのように。
「許せない!」
「どこに行くつもり?」
美和先輩に肩を掴まれた。
「あの人たちをとっちめてやります!」
「やめときなさい」
先輩が力づくで私の体を引き戻す。
「離してください!」
「小物なんか相手にしちゃダメ」
先輩はそう言うや、何と私のブラウスに手を突っ込んできた。
「ひゃああ! なっ、何するんですか!」
「やめるって言わなきゃ揉むよ?」
手が胸の方にツツツ、と降りてくる。
「わ、わかりました! やめますからやめてください!」
「はい、いい子ね」
先輩の手が抜かれる。合宿での出来事が頭の中でフラッシュバックして身が震えた。もうこんなことしないと思っていたのに……。
「つーことで美和ちゃん、先に反省会やっといてくれ。あと、このことは誰にも言うなよ」
「わかってる。ほら千秋、行くよ」
「は、はい」
校舎に入り、廊下の窓から二人の姿を見るとまだ抱き合っていた。
「さすがに竹園先輩が気の毒すぎます」
「あの子には陽子と張り合うだけの力が無かったの。冷たいようだけど、自業自得だよ」
しかし、これではあまりにも惨めではないだろうか。もしも私が同じようなことをされたらきっと耐えられないと思う。
*
明くる日の生徒会室。美和先輩が執行部メンバーを集めて一枚の紙に書かれた文字を読み上げた。
「『最近いろいろ思うところがあったのでしばらく旅に出る。連休明けには戻ってくるので安心しろ。すがちーがわちゃダンロップ、私がいないからって泣くんじゃないぞ』だって」
「ちょっと、何で私だけハブんだよ!?」
名前を抜かされた古川さんが突っ込んだ。それ以前に夏休み前に学校を休んでまで旅に出ること自体おかしいと思うのだけど。
「今津さん、反省会の後の打ち上げでしきりに『旅に出たい』ってブツブツ言ってたけど、まさか本当に行っちゃうなんてね……」
河邑先輩がため息混じりに言うと、下敷領先輩も「本当、あいつは何考えてるのかわからんな」と呆れ果てた。
でも私にはわかる。竹園先輩の件が原因に違いないのだ。まさかあれで人間不信になって私達のことも信用できなくなってしまったとか……いやいや、そんなことはないと思いたい。
「どうしたの、首振っちゃって」
「あ、何でもないです」
思考が無意識に行動に出てたようだ。
「ま、もう今学期の仕事はほとんど残ってないから別に構わないけど。ということで、陽子が帰ってくるまで私が会長を代行します」
「はい」
「じゃあ早速今日の話し合いをしましょう」
上座の会長席を空席にして、私達は各々の座席に座った。
「議題は菅原千秋の歓迎会についてです」
「はい?」
私はキョトンとなった。
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