間章
クラスメート大島好美から見た菅原千秋
さてみなさん、唐突ですが私は後期課程四年北組出席番号五番、
実はというと、菅原さんの噂は入学前からすでに伝わっていました。後に北組の一員となる
何でも菅原さんは転校以来ずっとテストで全教科一位を取り続けていたぐらいに頭が良くて、編入試験合格を決めてからは白沢中のレジェンド扱いされているのだとか。あそこは確か一学年二クラスしか無かったはずですが、その中での一位とはいえ編入試験に受かるのであれば相当頭が良さそうです。とはいえ、緑葉の生徒は猛者揃い。全国模試で上位に名を連ねる者もいる程です。果たして編入生の身でどこまでついていけるのかお手並み拝見、とちょっと上から目線になったりもしました。
また、同じく後の北組に一員となる
以上の情報は四月十日、入学式と始業式の日にはすでに新四年北組のメンバーに共有されていました。この日はまず新一年生の入学式とオリエンテーションがあり、始業式はその後ということで午前十時と遅めの登校でした。掲示板に貼り出されていたクラス分けを見て、新四年北組の子たちは一様に「菅原さんウチのクラスだ!」と喜んでいました。
普通は編入生が来た程度でこんなに喜びはしないものですが、たった一名だけの編入生とあってガチャのSSRキャラでも引いたかのような喜びぶりでした。私達の代は外部進学した生徒や「肩たたき」されてしまった生徒が奇跡的にいなくて、本来であれば欠員補助のために編入生を入れなくても良かったのです。しかしずっと同じメンツで過ごすとマンネリ化するため、若干名でも入学させようということになり、菅原さんだけが緑葉女学館の門をくぐるのを許されたのでした。
始業式まで北組の教室で待機していましたが、新クラスの話題はやはり専ら菅原さんでした。後期課程、世間一般でいう高校生活の始まりの日でしたが私達はすでに高校の授業を先取り学習していましたし、クラスメートはもちろん前期課程からの顔見知りばかり。中等教育学校の性質上、教師も前期課程からの持ち上がりなのではっきり言って新鮮味がなく、あまり嬉しいといった感情が沸き起こりませんでした。だからこそ、編入生・菅原千秋の登場は私達にとって刺激になったのです。
「沼田ちゃんと和田ちゃんから情報が入ったけどさ、生で見たわけじゃないんだよね。誰かどんな子か見たことある人ー?」
「あっ、私見たことあるよ! 春休みから学校に来てたし」
「えっ、えっ!? ねえ、どんな感じなの?」
「どんなっていうか……見た目フツーだけど?」
「あはは、フツーって何よ!」
ガヤガヤと盛り上がっている中、私も話に乗りました。
「菅原さん、もう学校に来てたの?」
「うん。ほら、ここって高校の授業を先取りしてるでしょ? 少しでも追いつくために春休みじゅう補習を受けさせられていたらしいよ」
みんな揃ってひえー大変だあ、と口にしました。
「でも東京の子かあ。
「ところが満更でもないらしいよ。友達が言ってたんだけど、田舎暮らしに憧れがあったんだって」
と沼田さんが言うと、隣りにいた
「この辺って仕事の賃金はやっすいし大学だって国立の桃川大学以外はっきりいってウ◯コレベルばっかじゃん。東京の方が絶対良いって」
「そりゃあ望月さんの主観でしょ」
私は反論します。
「確かに東京の方が圧倒的に便利で観光するには良いけど、私は住みたいとは思わないな。物価高いしごちゃごちゃしてるし。ま、これも私の主観でしかないんだけどね」
「それでもあたしは東京派だね。菅原さんからいろいろ教えてもらおーっと♪」
「ところで菅原さんって、『ソッチ』には興味あるのかな?」
そう言ったのは
「うーん、無いんじゃね? 中学まで男子と一緒だったんだし」
望月さんが言うと、進士さんは「それだったら目覚めさせてあげたいなあ」とニヤニヤしながら物騒なことを口にするのでした。
「こらこら、人の好みを無理やり変えちゃダメだって」
私はたしなめます。でもソッチに興味が無いのであれば、同性に性欲のはけ口を求める子が多い所でこの先大丈夫かなと心配したりもしました。今年生徒会執行部サブになったばかりの、昨年度は一緒のクラスだった
担任の先生が入ってきました。
「おはようございます!」
「はいみなさん、おはようございます。みんな一塊になってお喋りしてるけど、もしかして編入生の子の噂でもしてたのかな?」
私達は「はい」と答える代わりに笑い声を上げました。
「やっぱりみんな楽しみにしてたのね。だけど質問はホームルームが終わってからね?」
「はーい!」
「じゃ、今から始業式が始まりますので廊下に出席番号順で二列で整列してください。菅原さんのところは空けといてね」
菅原さんは一足先に入学式とオリエンテーションに参加するため体育館に入っていました。ちなみに出席番号順でいくと菅原さんの隣になるのは進士さん。この子、苗字こそ「
*
結果として、私の心配は杞憂に終わって良かったです。進士さん、よくぞ我慢しました。
いよいよご対面となった菅原千秋さんですが、確かに見た目は何の変哲もないフツーの子という第一印象でした。むしろ本当に都会っ子なのか、と思うぐらい垢抜けていないところがあります。かとっていかにも都会人でしょ、とばかりな雰囲気を出しているとそれはそれでイヤミに見えてしまうので、少々野暮ったい感じでちょうど良いぐらいですけどね。
さて、いよいよ自己紹介です。担任に呼ばれて、菅原さんが前に出ました。いかにも緊張してますって顔つきだったので、私は心の中で「頑張れ!」と声援を送りました。
「菅原千秋です。えーと、私は東京に住んでいましたが去年の九月にこの白沢市に引っ越してきて、白沢中学校に通っていました。趣味はスポーツ観戦です。特に高校野球が大好きで、東京にいた頃よりは甲子園球場が距離的に短くなったので多少行きやすくなって良かったと思っています。みなさんは三年間緑葉にいましたが、私はまだ右も左もよくわかっていない若輩者です。だから先輩として私にいろいろとアドバイスを頂けたらなと思います。よろしくお願いします!」
謙虚な挨拶に、菅原さんへの好感度がググッと上がりました。大きな拍手がそれを物語っています。
担任の諸々の説明があって午前中で学校は終わりとなりましたが、担任が出ていった途端にバーゲンセールに群がるおばちゃんのごとく生徒たちが菅原さんの机に殺到しました。いち早く情報を手に入れていた沼田さんと和田さんが真っ先に質問します。予め知っていたんだよと聞かされて驚く菅原さん。顔に出やすい性格のようですね。
「こらこら、これじゃ身辺調査みたいじゃない。もっと実のある質問をしなきゃだめよ」
流れを変えたのは
この日は菅原さんが放送で呼び出されるまで質問タイムは続いたのですがそれで終わるはずがなく、翌十一日もまた質問攻めでした。今度は私も聞きたいことを聞き出すことができました。
「休みの日は何してるの?」
「家の周りをブラブラ散歩とか」
「散歩! 渋いなあ。どこら辺歩くの?」
「小さい神社があるからその辺りをよく歩いてるよ。ジ◯リアニメに出てきそうな風景なのがこれまた良いんだ~」
菅原さんは本当に嬉しそうでした。聞くところによると彼女は新宿に住んでいて、山と川に囲まれた光景に憧れていたそうです。東京に憧れている望月さんにとってみれば度し難い価値観かもしれません。
いろいろと話をしてみて感じたことは、菅原さんは東京ブランドを抜きにすれば本当に普通の女子ということでした。個性的なキャラの生徒が多い緑葉で無事にやっていけるかな、と不安になりもしたのですが、逆にアドバンテージになるかもしれないとも思いました。見方を変えれば「普通」も立派な個性になり得ますからね。
ところで、この日は学級委員と各常任委員、掃除当番と日直を決める日でもありました。委員はトントン拍子に決まり、私は立候補して保健委員になりました。これで前期課程一年から四年連続の保健委員です。
なぜ私が保健委員に拘るのか。その理由は私が実は医者の娘であり、応急処置の心得があるからです。事実、体育で捻挫した子とか貧血で倒れた子の応急処置とか何度もやったので経験もそれなりに積んでいます。最も、みんな無事で保健室に運ばれることが無いのが一番良いのですが。
ところが、保健委員の仕事はその翌日に早くもやってきてしまったのです。翌十二日の授業初日。入室してきた菅原さんの顔を見ると目は血走っていて、その下にクマが出来ていました。
「ちょっと菅原さん、ウサギの目みたいになってるよ」
「え、あ、そう……」
喋り方も何だかおかしい。
「本当に大丈夫?」
「うん、元気だよっ」
菅原さんはニコッと笑いました。私はとりあえず目薬を貸して彼女の言うことを信用したのですが。
そうして始まった一時間目の現代文。『山月記』の朗読ですきなり菅原さんが選ばれました。四月十二日ということで出席番号十二番の彼女が選ばれたのです。
先日に出席番号順に仮決めされていた席を替えたので、菅原さんはちょうどど真ん中の席になり、その斜め後ろに私が座っていました。姿勢正しく朗々と『山月記』の一節を読み上げる菅原さんの姿を見ていたのですが、異変はすぐにやってきました。
「せ、性……
「菅原さん!!」
「はいっ!」
先生が唐突に怒鳴りました。怒っているところを見たことがない先生だからびっくりしました。
「鼻! 鼻血が出てる!」
「え」
菅原さんが鼻を拭う仕草をします。すると手の甲にべっとりと赤い液体がついたのが、私の目からもわかりました。その瞬間、菅原さんは机に倒れてしまったのです。
「きゃー!」
「菅原さーん!」
悲鳴の中、私はすぐさま菅原さんの席に向かいました。
「菅原さん、菅原さん!」
「……」
返事がありません。かろうじて息はしているようです。
「仕方ない。このまま応急処置するから、桧山さんと根本さん、体起こしてあげて」
私は視界に入った二人を指名しました。二人はゆっくりと菅原さんを起こします。
「オッケー、そのままそのまま」
下を向いている格好になりましたが、この姿勢だと鼻血が喉に落ちません。私はこんなこともあろうかと常に持ち運びしている脱脂綿をカバンから取り出して、菅原さんの鼻に詰めます。この状態で私は鼻の入り口をぎゅーっと圧迫しました。あ、ちなみにこの箇所は「キーゼルバッハ部位」という大層な名前がついています。だいたい鼻血が出る場合はここからで、ここを圧迫すれば止血できます。
真っ赤っ赤に染まった脱脂綿を入れ替えます。血は止まったようですが菅原さんは気を失ったままです。
「赫多さん、一緒に保健室まで抱えて行ってくれる?」
「わかった」
私達は両脇を抱えていっせーのせ、で菅原さんを持ち上げるとそのまま引きずるようにして保健室に運んで行きました。
ベッドに寝かされた菅原さんはクークーと寝息を立てて、一向に目が覚めません。養護教諭は言いました。
「多分、寝不足ね」
やっぱりな、と私は思いました。授業初日を迎えて興奮しすぎて、昨晩はよく眠れていなかったのでしょう。だからといって鼻血を出すぐらい興奮するとは思いませんでしたが。
後の処置は養護教諭に任せて、私達は教室に戻りました。
「菅原さん、朝から様子がおかしかったもんね。いやー、鮮烈なデビュー戦になっちゃったわ」
「う、うん。災難だったね……」
そう言う赫多さんは表情が強張っていました。鼻血をドバーッと出して倒れるなんてショッキングなことは滅多に起きませんからね。
でも菅原さんはあの鼻血事件で、果たして幸か不幸かわかりませんが、個性的で何かと濃い緑葉生の仲間入りができたと思っています。今は生徒会執行部のサブに抜擢されて、学校のために頑張っています。
これから菅原千秋という苗がどのような緑葉をつける木へと育っていくのか楽しみですね。
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