第3話

 彼女は"先輩"と呼ばれる事を嫌った。だから僕は彼女を"翠さん"と呼び始めた。それは僕だけだった。他の同級生や一学年上の先輩達は、それに対して何も言わなかった。


 彼女の笑顔が少し怖かった。笑った時に、左目の目尻に少しだけ深いが寄って、まつ毛がびくびくびくと震えるのだ。けれどもそれは決して醜悪だから怖いという訳では無かった。寧ろその笑顔は非常に品があり美しく、彼女は当時、学校で一二を争う美少女として名を馳せていた。


 どちらかといえば細い垂れ目に、下膨れと言えなくも無い顔の輪郭。染める事もヘアアレンジを施されていない、腰まで伸びた長い黒髪。特に細くも無い、かといって太り過ぎでも無い、良い意味で肉付きのよい体型。

 彼女の身体的特徴を列挙すると、とてもじゃないが彼女に"美少女"の称号を与える気にはなれない。


 けれども彼女はどうしようもなく魅力的だった。

 翠さんを見た人は全員、教師や保護者でさえ彼女の持つ抗い難い力に惹かれ、少しでも彼女の瞳に映ろうとした。そこに性別や年齢は関係しなかったように記憶している。

 だから、僕の高校では当時、定番の運動部や吹奏楽部、流行りの百人一首部などを差し置いて、料理部への入部希望者数が過去最多だったのだ。

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