第147話選択肢

誰も何も言わない。言った私も、すべった感じがあって何も言えない。

伝説のお天気おじさんの存在は、やはり伝説なのだと思い知った。


そもそも、何故あんなことを言ったのか自分でも分からない。たぶん、うまくいっている状況と、その反応が予想通りだったのがうれしかったからだろう。


ただ、それは単なる自己満足。それは、この場の空気が証明している。


ながく。そして、ながく続く沈黙。


リナアスティが帰ってきて、私の隣に人化した姿で現れた頃、ようやくクエンが開きっぱなしの口を閉じて、話しはじめた。


「今のは……。ルップの街……で、間違いないのですね。なるほど。しかも、落ちた場所は貴族の館というわけですか……」

私の顔色を窺いつつ、手繰り寄せるように話すクエン。だが、それもすぐ終わる。

自分の聞きたいことが確認できた事を示すように、小さく息を吐いていた。


それっきり、再び黙り始めたクエン。


その様子をまるで他人事のように見ていたクジットの方は、もう終わったとばかりに大きく伸びを始めていた。しかも大きなあくびまで出している。

すっかり戦闘色の抜けたクジットは、いつの間にか満足そうに空を見上げていた。


すっかり日の落ちた夜空には、無数の星々の煌めきがざわめいている。


それを見上げるクジットの口元には、小さな笑みが浮かんでいた。


店長の殺害依頼をしていた貴族がいなくなったことにより、それを遂行しても報告すべきものがいない。それは、実質的にしてもしなくても同じこと。


だから、この場はそれで納まる。


あの貴族を排除することで、不毛な争いを避ける道が出来た。今を対処する方法として、これ以上の方法はないだろう。


「確かに今、これ以上争う理由は無くなりました。ですが、依頼そのものが取り下げられたわけではありません。仮にあなたがいなくなった後に、わたくしが店長を殺害することもあるわけですが、それはどうされるのですか? そして、新しくルップの街に貴族がやってきたとして、その貴族から依頼されたら、同じことが起きます。あなたはこれで解決したつもりでしょうが、これはその場しのぎの解決でしかありませんよ? あなたが言う保障は、そんなものなのですか?」

やはり、クエンは生真面目だった。それは別に私に告げなくてもいいことだろう。


もちろん、そんなことは分かっている。


目先の出来事を処理したって、根本を変えなければ変わらない。

ただ、この世界だって、それは同じことなのだ。そして、今の私にはそれしかできない。

それしかできないから、それをやる。

それ以外が出来るようになったら、それ以外をするだけだ。


――まあ、今はそんなことを言っている時ではない。


ただ、これまでのやり取り。いや、今のやり取りこそが、私にとって価値あるものになっていた。


実直なクエン。

信頼してそれに任せるクジットとアメルナ。

そしてもう一人。

どんなにいじられようとも、その仲間たちを信頼しているジュクターの四人。


一癖も二癖もある連中だけど、自分たちの納得したことは必ず守るのだと思う。


だからこそ、もう一つの手が生きる。ただ、その前にやることもある。それを確かめておかねばならない。


「それについては、また後で。なあ、クエン。それより、さっき言ってたこと覚えているか? 『勇者は無法者の集団になる。だから国王の支配という秩序の中でいるべきだ』っていうやつ」

実際にクエンが話した通りには言ってないけど、内容自体は間違っていない。


その言葉の意味はよくわかる。普通の考えでいけば、勇者には鎖が必要だろう。


「ええ、そうです。我々には秩序というものが必要なのです。力あるものにとってそれは、大事な事だとわたくしは考えています。クジットもアメルナも同じです。ジュクターでさえ、そこには賛同してくれています」

ジュクターでさえと言われても、ジュクターは気にせず頷いていた。アメルナとクジットの顔を順に追ってみていくと、目があった瞬間に頷いてきた。


「でも、秩序ってなんだ? 獰猛な犬を鎖に縛っておくことが秩序なのか? その犬を、自分の目的で戦わせることがアンタの言う秩序なのか? 終わりの見えない戦いを強要することが秩序なのか? 仲間を死地に追いやるのが秩序だというのか?」

クエンの言う秩序は、一方では正しいものの見方だろう。でも、もう片方では、それは違うと言わざるを得ない。


「しかし、それが無ければ、もっとひどいことになります。この国に攻め入っても、わたくし達は無駄な争いを起こしてません。それはわたくし達一人一人に、サラリーマンとしての自覚があるからです。それこそが秩序なのです。わたくし達には、それがあると自負します」

クエンの言葉に、他の勇者たちが一斉に首を縦に振っていた。


――なるほど、やはり思った通り。メシペルの他の勇者たちも、クエン達を中心に動いている。


これで条件は整った。あとは確認だけだろう。


「なあ、クエン。そんな見せかけの秩序なんて、窮屈だろう? いっそサラリーマンなんてやめてしまえば?」

私の言っている意味が分からなかったのだろう。クエンはその大きな体に似合わぬ小首をかしげて、体で疑問を表現していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る