第三章 第五節 滅びし国の勇者

第141話帰還

まずはリナアスティの腕を治す。

あまり時間が無いだろうから、やれることにも限界がある。さっきの感触から言えば、間違いないと思う。ただ、この感じは間違いない。精霊使いと同様に、剣士ソードマンは精霊と交信できる。その感覚は研ぎ澄まされており、生き物の気配を感じる事が出来る。

今、この場にいるのは私をのぞいて二十人。まだ、戦いが終わったわけではない。


でも、今はリナアスティの傷を治すことが優先だ。


影跳躍で飛んだあと、【位置変換】を使ってリナアスティの傷を私に移しかえる。腕以外も色々と傷ついている。決して弱音を吐かずに、戦い抜いた証がそこにあった。


それ全部、まとめて私に移しかえる。


瞬時に無くなる私の腕と、瞬時に治るリナアスティの腕。

そして襲いくる激痛。


だが、それも一瞬。

そう、苦痛の叫びをあげる間もなく、痛みも治まっていた。


私の中にある固有能力が治癒の護符に作用して、腕も傷も瞬時に癒える。


元々はインクベラ王国のまことの勇者であるミクナがもっていた【治癒力強化】。それを奪ったジェイドを倒すことによって私のモノとなったそれは、首をねられても作用する。

もっとも、治癒の護符を破壊されれば、治癒能力のない私には意味のない能力だともいえる。でも、逆にそれだけでも作用する便利なものだと思う。回数制限なく使えるそれは、しかも他と違って常時発動型の能力だ。


だから、特別私が意識しなくてもいい。

そして、【位置変換】と組み合わせて使えば、私以外のどんな傷であっても、瞬時に治すことが可能となる。


相手が生きてさえいれば。


「ありがとう、おとうさん!」

人化したリナアスティが胸に飛び込んでくるのを受けとめながら、その頭を優しくなでる。あの痛みだけじゃない。他にも様々な痛みを耐えて、この子はずっと戦っていた。


「リナ、よく頑張ったね。でも、おとうさんじゃないから。でも、本当によく守ってくれたよ。ありがと」

本当によくやってくれた。リナアスティがいたから、私はメシペルの神に釘をさす事が出来た。あの結界からも抜け出る事が出来た。そして、皆が生きていられるのは、間違いなくこの子の頑張りのおかげだろう。


「えへへぇー。ほめられたぁ」

にんまりとした笑顔がいとおしい。再び私の腕の中で心地よさそうにするリナアスティを思わず強く抱きしめていた。


竜の体の時と違って、あまりに小さなその姿は、まだ小さい私の腕の中でもすっかり納まる。父親の気持ちなんてわからないけど、たぶんこんな感じなんだろうなと思ってしまった。


時間が無いけど、今はこの時間を大切にしておこう。


「おそい!」


そう思ったのもつかの間。

後ろから近付いてきて、いきなり頭をはたくルキ。私が振り返って話すまもなく、ルキが自分の言いたいことを一方的にまくしたてる。


「でも、相変わらずデタラメよね、アンタのそれ。リナの痛みもアンタにちゃんと移ったのか心配だわ。でも、ちゃんと出てきたから許してあげる。星のお告げってやつじゃ、『閉じこもって出てこない』って話だったしね。一体なにがあったの? アンタがそうなる時って、大抵自分の事でウジウジ悩んでるときよね? しっかりしてよ! アンタが悩む必要なんてない! アンタは自分の出来ることをしてるでしょ! それはあたしが認めるわ!」

「あら? ルキさんはちゃんと聞いてなかったのですね? 『閉じ込められて、出てこれない』ですわ。それに、今日は抜け駆けしないっていいましたわよ? 新妻の誓をもう破るのですの?」

「そうですよ! ルキさん! ずるいです! 私はヴェルド様が魔王になっても魔王の妻ですから!」

振り返ったその場には、ルキだけでなく、ネトリスとエトリスがいた。

ルキの勘違いも甚だしいけど、エトリスとネトリスの言葉も無視できない。


――っていうか、何故魔王?


「おとうさん? まおう?」

三人が言い合いを始めた中、エトリスの言葉を真に受けて、リナアスティが腕の中で見上げてきた。その驚き見開いた瞳の中に、困り果てた私がいた。


「いや、なんだか話がまったくかみ――」

「おい、あんみつ! 遅いと思ったら、まさか閉じこもって魔王教徒になってやがったのか! かぁー! 情けないぜ! ちっ、しかたねぇ! 一人で行かせた俺様が悪かったのかもしれねぇ。こっちこい! この俺様がその腐った性根を叩き直してやるぜ! アイツらの姿見たくせに、よりにもよって魔王教徒になるなんてよ! アイツらに代わって、このガドラ様が改心の一撃をお見舞いしてやるぜ! 歯ぁー食いしばれよ、あんみつ!」


少し離れたところにいるのに、私の話しを遮る大声。

時間が無い時に限って、話がどんどんややこしくなっていく。特に、話をややこしくすることが生きがいのような男には、何を言っても無駄かもしれない。


――ホント、厄介な時に、厄介なのがでてきた。


腕をブンブン振り回しながら、そいつはゆっくりと近づいてくる。本気で怒っているような顔つきから考えると、完全に誤解をしているのだろう。


しかも、言葉だけ聞くと痛そうな一撃。一応意味が通ってるけど、たぶんそういう意味で使ってるのだろう。

でも、私自身にやましい事なんて何もない。


「ダメ! ガドラ!」

「そうです! ガドラさん! ヴェルド様に触れないでください! 残念ガドラ病になります! たぶん不治です。ガドラさんみたいに」

私の腕からするりと飛び出たリナアスティとくるりと向きを変えたエトリスが、私から離れてガドラの前に立ちふさがる。しかも二人して両手を目一杯広げて……。


――もしもし、エトリスさん? 残念ガドラ病なんてもんがあるのかい? しかもそれ、本人に向かって不治っていったよね? それって、バカは死んでも治らないって奴?


思わずそんな風に思ってしまったけど、これでこちらは散開した形になってしまった。

店長とフラウとダビドと地竜。

私とルキとネトリス。

エトリスとリナアスティとガドラ。


――さて、どうする?


「もう! そんなことしてる場合じゃないわよ! まだ戦いは終わってない――」

「あっしもそうおもうですよ。そして、あっしの目に狂いはないです」


それがやってくる感覚は、その殺気で来る前にわかっていた。だが、どこに来るのかが問題だった。

でも、予想通り。やはり標的となったのはルキだった。


拳と桔梗キキョウの刹那の衝突。


やがて遅れて四散する衝撃音と衝撃波。

だが、全ての衝撃波は、鈴音すずねが巻き上げる空気の断層で打ち消される。


次の瞬間、私達はお互いに距離をとって向き合っていた。


「へぇ。あっしの動きよりも早いです。しかも、その白く輝く姿は完全な剣士ソードマンです。初めて見ましたです。しかも、首をねられたあっしが生きて動いているのに、全く驚いてないです。なぜです?」

軽く驚いた表情を浮かべたクジット。そのまま体をほぐしながら、楽しそうにそう尋ねてきた。




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