第127話囚われのヴェルド

何も見えない。何も聞こえない。

ついでに言うと、体の自由も全くなかった。ただ、これだけは仕方がない。私を守ろうとしてくれているのだから、文句を言う筋合いではない事は分かっている。


結界の外にいる優育ひなり泉華せんかとは、何か妨害のようなものが働いている感じで、話をすることさえできなかった。メナアスティやリナアスティの繋がりさえも邪魔が入っているようで、うまく状況を伝える事が出来なかった。


ただ、氷華ひょうかだけがそばにいる。いや、頭の上で頑張ってくれている。


私の中にいる精霊たちも似たような状況だ。何かで押さえつけられているようで、私の中からは出てくることはできないようだ。

声はするけど話はできない。それは、氷華ひょうかにしても、私と同じ状況のようだった。


そして桔梗キキョウ尾花おばなは、なぜか黙ってしまっている。


『まったく君も懲りないね、二十番。邪魔をするなと言ったはずだよ? 何かこそこそしてたみたいだけど、そろそろ終わりにしてもらおうか。ああ、君には危害を加える気はないよ。アイツがうるさいし、状況も少し変わってね。まあ、おとなしくしておいてくれ。そうしたら、表の精霊たちには何もしない。ただ、君も話し相手が欲しいだろうから、頭の上の子だけは自由にしてあげよう。これは慈悲だよ。感謝するんだね。でも、その他の子は少し遠慮してもらうよ。ああ、僕かい? メシペルの勇者たちに加護を与えている神様だよ。それ以上は君が知る必要はないね。そうそう、君が切り札に送りつけていた銀竜ね。さっき君のことを話しておいた。僕が直接相手するわけにもいかないしね。頼んだら、あっさり引き受けてくれたよ。もっとも、まだ王城付近をうろついているみたいだけどね。まるで人質だとでも言いたのだろうか? 君に危害を加えないって言ったんだけどね』

相変わらず、すさまじい圧力が襲い掛かってきている。だが、以前は精霊たちが結界をはってくれてたけど、今は氷華ひょうかだけしかいない。


でも、それで十分だった。私自身の力も、氷華ひょうかの力も格段に成長している。


『でも、その氷の精霊も思い切ったことをしたものだ。とっさに君を氷の中に閉じ込めるなんてね。自分の結界を最大限に行使できるようにしたつもりだろうけど、今回は閉じ込めておくだけだからね。ホント、精霊たちって心配性だね』

以前と同じように、姿はまるでとらえきれない。前かと思うと、後ろから。右と思うと、左から。その存在を感知しようとすると、まるであざ笑うかのように居所が変わってしまう。


――ただ、それは想定していたものだ。心の準備が出来ているから、以前のように狼狽える必要はない。


『まったく、目と耳を奪っても、抵抗してくる。外部との繋がりを遮断しても衰えないその意思ってさ……。正直言って、あきれるよ。君とその氷の精霊もね』

そう、氷華ひょうかは私を氷の結界に閉じ込めて、時折霧氷を周囲にはなっている。

何かを感知した瞬間、氷の槍がそこに飛ぶ。


「精霊たちに手出しをするな! 私の仲間を傷つけるな!」

『さっきも言ったけど、そのつもりだよ。君がここでおとなしくしてたら、精霊たちには何もしない。そんな事をしたものなら、アレが黙ってないだろうしね』

「その保証がどこにある!」

荒ぶる声に反応し、氷華ひょうかの氷がそれを撃つ。


確かな手ごたえの感触は、刹那の霧と化していた。


『あぶないなぁ。君といい、あの神殺しといい、いにしえの加護を得たものって本当に油断できないなぁ』

人を小ばかにしたような囁きが、私の耳元で聞こえてきた。動くことのままならぬ結界は、ただそれを許してしまっている。


『まあ、今の君は僕達に刃向かうつもりはないみたいだし? 今のは大目に見てあげるよ。でも、まだまだ君は僕達を捕まえることはできないよ。竜の力も精霊の力も中途半端だ。まあ、その二つの力の源は封印されてる。いくら君が努力しても、無理な相談なんだろうけどね。それにさ。君って、自分をごまかしているよね。仮にその封印を解いたところで、君には覚悟も意志も足りないよ』

なでるような感覚が、私の頬にやってきた。


――その瞬間、氷華ひょうかの短い悲鳴がこだました。


『氷の精霊君。覚えておくんだ。君の結界を超えるなんて、僕達には簡単なことだよ。氷の精霊は大体無口だけど、ここでは君の役割は話し相手だ。せいぜいご主人を退屈から守ってあげるんだ』

いつの間にか光の玉が、目の前で氷華ひょうかを握っている。


氷華ひょうか!」

私の叫びが氷の結界を弾き飛ばそうとした瞬間、光の玉から氷華ひょうかがゆっくりと飛んできた。光の玉はすでにその姿を消している。


氷華ひょうか、無事かい?」

頷く氷華ひょうかのその顔は、悔しさの涙を湛えている。


『だから、君たちには無理なんだって』

「よくも氷華ひょうかを傷つけたな! この嘘つきめ!」

言葉とは裏腹に、私の中で冷静な部分が光の玉を追っていた。

消えた光の玉の気配は、何となくつかみかけている。

どれだけ喚き散らしても、あれを捕捉できなければ意味がない。


『いや、誤解だよ。でも、これは……。ちょっと君の評価を上げないといけないかな? まあ、いいや。今のはちょっと加減が分からなかっただけだ。ああ、もう。うるさいなぁ。だったら、君自身で見るといい。この中と外では時間が違うから――って、知ってるか。この僕が嘘をついていない事を自分の能力で見ればいい。特別に見学料もとらないでおくよ』


何かが外れたような感覚がした瞬間、能力を使えることがわかった。


【千里眼・改】

湖の乙女に授かりし力を【千里眼】にのせて使う。


『見えるだろ? ほら、約束通り。精霊たちもみな無事だよ。お仲間は……。まぁ、多少の犠牲はあるかな? あと少し我慢すればいい。そうだな、デザルス侵攻もここなら世間話の間に済むだろうね』

嘲笑を伴いつつ、その存在が周囲から霧散した瞬間、血しぶきをあげた店長の後ろ姿とフラウの悲鳴が重なった。

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