第98話襲撃者
暗闇の中に、魔法の明かりが灯っていた。
周りの木々は、まだ暗い世界の中にいる。突如灯った魔法の光に当てられて、驚きの声をあげているような感じだった。
やがてそれは複数の松明の光に変わり、より一層この場所を照らしだしていた。
中央広場から、少し離れた場所にある少し開けた広場のようなところ。そこは間違いなく、さっきメナアスティが待っていた場所だった。
「さーあ、お前たぁーち、この村の子供はすべて集めなさぁーい。大人は殺しても構いませんわぁーよ。たーだ、子どもはここに集めてくるのでぇーす。魔王様の復活にぃーい、必要なのわぁーあ、子供たちですからねぇーえ」
映像として映し出されたのは、明らかにどこかの司祭の恰好をした、長い黒髪の男だった。
胡散臭い笑みを浮かべながら、変な話し方をしている。
外見上、性別はどちらとも言えない。ただ、声の低さから男だろう。
そして、その目的も告げていた。
魔王教徒たち。
先頭にいる司祭の恰好をした男は、身なりから推測すると、その中でも身分も高いに違いない。
その男の指示で、跪いている七、八人が一斉に動き始めていた。命令をした司祭風の男の周りには、フード付きマントで全身を覆っている三人が残っている。
まだ、夜明けまでは程遠く、村は静かに寝静まっている時間だろう。
でも、この記録はそこから記録されていた。
やがてあちらこちらから、悲鳴と叫びと戦いの音が沸き起こっていた。
中には、火の手が上がっている所もある。
組合長……。
この記録をなぜ、見せつけるように撮っている?
襲撃が分かっていたなら、何故、即座に対応しなかった?
出来ることなら、今すぐその理由を問いただしたい。
でも、その願いは叶わない。
今はこの映像を記録した理由もそうだけど、何が起きたのかを知らなければならない。
それにはまず、黙って見ているより仕方がなかった。
*
「申し上げます。各家には冒険者が待機しており、我々が奇襲を受けました。予想外のため、苦戦中です。火を放ち、追い出し、反撃しましたが、まだ、一人の確保もできず――」
連絡をしに来た男は、最後までその言葉を言えずに倒れていた。
「ねぇ、お前達。世の中にはやっちゃいけない事ってあるの、知ってるかい? 『ねこみみをおそう』ってのは、その中の一つだって知ってるね? 睡眠不足は乙女の敵なんだよ!」
ドルシールだ。ドルシールがやってきた。暗くてよくわからないけど、ドルシールしかいない。
「あーら。素敵なネコミミねぇーえ。獣人でもないのーに、それをつけてるのってーえぇ、あなたまさぁーか、あのネコミミ団の生き残りってことなのかしーいーらぁ?」
「ふっ、どうだかね。これはあくまでお気に入りさ。これがあると安心して寝ていられるからね」
「ドルシール姉さん、僕はもうそろそろ……。 僕、これつけていると動きにくくって……」
「イドラ……。そうだったね、アンタ似合わないからね。いいよ、好きにしな。あたいらはただのドルシール一家だ」
前に進んできたドルシール達の姿が明らかになる。たしかに、体格のいいイドラにはそれは似合わなかった。
「イドラ、なら僕にそれくれよ。僕がドルシール姉さんとお揃いになる」
「あげないよ。これは僕らのお揃いだ」
イドラに向けたノウキンの手を、イドラはすかさず打ち払っていた。
「もー。似合わないくせに!」
「ノウキン、それまでだ。俺たちは彼らと違い新参者だ。なら、俺達は俺達でお揃いというのを作ればいい。そうだよね、ドルシール姉さん」
キョジャックがノウキンをたしなめていた。
しぶしぶという感じで、ノウキンも黙っている。そのあと何やら考え込んでいるようなのは、おそらく何にするか迷っているのだろう。
相変わらず、緊張感の薄い人たちだった。
「まあ、考えとくよ。それより、目の前の奴らにお仕置きが先だね!」
ドルシールの鞭が、地面に向けて振るわれていた。今日は鎖鎌を持っていない。
「ふうーぅ。困った人達だぁーね。ナンバースリィーイ。ナンバーナイィーン。ナンバーイレブゥーン。どうやらお前たちの出番だぁーね」
ゆっくりと、司祭の後ろの三人がドルシール達の前に進んできた。一斉にフードを取った顔には、生気の欠片も感じなかった。
しかも、見るからに怪しげな格好をしている。そしてそれ以上に、その雰囲気は尋常じゃなかった。
特に、ナンバースリーと言われた者は、その目に狂気を宿していた。
*
「あれは、精神に精霊を封じ込まれておるな。古の禁呪の一つ。精霊使いでないものに精霊を身にまとわせる。それは神宿りの呪法と並び、禁忌の呪法とされておる。使用されたものは、確実に精神を精霊に支配されるからな。しかも、あれは怒りの精霊じゃな。言い伝えでは、首を刎ねてもその活動をやめなかったと聞く」
メナアスティが後ろから声をかけてきた。
精霊たちもその事を肯定している。
「それだけじゃないよ、それだけじゃなかった……。まあ、みていればわかるさ……」
その声に導かれるように、映像の中の様子が変わっていった。
*
「
ノウキンの声が高らかに響いていた。
その瞬間、それが合図であったかのように、ドルシールがナンバースリーの首を跳ね飛ばしていた。
まさに瞬殺。
たぶん誰の目にもそう映っていただろう。記録されたものだけに、私にもそう見えていた。
しかも今日は最初から、あの短剣を使っていた。
そして首を跳ね飛ばしたあと、四肢を切り刻み、首を何かで燃やしていた。そこまでしないと、たぶん動き出すからだろうけど、その容赦のない徹底さに、思わず息を飲み込んだ。
恐らくドルシールは、怒りの精霊に憑りつかれたものと戦ったことがあるんだろう。
イドラはナンバーナインの大剣をかわしざま、ナンバーナインの左肩にハルバードで突きを入れていた。
そのまま尻餅をつくように、ナンバーナインは地面に転がっていた。しかし、痛覚がないのか、無言で立ち上がろうとしている。
キョジャックもナンバーイレブン片手剣をはじき返し、盾で防がれながらも、ナンバーイレブンをはじき返していた。
形勢は完全にドルシール達が押している。何よりドルシールは圧倒的に強かった。
「すばらしぃーい! あなた達わぁーあ、いい素材になるかもしれないですねぇーえ。でーもぅ。大人はいらないのですねぇーえ。ほら、ほーらぁ。おまえたぁーち。そんなことじゃーあ、魔王さまが悲しまれるぅーよぉ」
司祭風の男は、鈴を取り出すと、それを一回だけ鳴らしていた。
その途端、ナンバーナインとナンバーイレブンの動きが変わっていた。
単純に力が増した感じじゃない。
素早さも、そして技の切れも別人のようだった。
大剣をまるで短剣のごとく操って、イドラを防戦一方にしていた。
しかし、イドラも負けてはいなかった。
いくら大剣を振り回そうとも、ハルバードの間合いの方が圧倒的に長い。距離をとりつつ、わずかな隙に、反撃の突きを見舞っていた。
ただ、そのイドラの反撃を待っていたかのように、ナンバーナインは動いていた。
ハルバードをいとも簡単に地面にめり込ませ、そのままたたき折っていた。
しかし、ナンバーナインの動きはそれで終わらなかった。
驚くイドラを目の前に、そのまま飛び上がったかと思うと、体を一回転しながらイドラめがけて襲い掛かっていた。
さっきまでとは比べ物にならないスピード。腕力、跳躍力。
多分、素早く後ろに回ったドルシールが、イドラを後ろに引っ張らなければ、イドラは体の中心から綺麗に割かれていたに違いない。
勢いをつけた大剣が、さっきまでイドラがいた地面に深々とえぐっていた。土埃が、あたりの様子を包み隠す。
そしてその事が、ドルシールの視界を奪ってしまっていた。
押し殺したような苦痛の声が、その中から聞こえてきた。
やがて土埃は、何事もなかったかのように、どこかに消えていく。
ドルシールがイドラを助けている間に、キョジャックはナンバーイレブンの剣を腹に突きこまれていた。
フェイントを多彩に織り交ぜたナンバーイレブンの攻撃は、もはやキョジャックの防げるものではなかったようだった。
「ドルシール姉さん、すみません……」
「キョジャック! おのれ!
ノウキンは素早く呪文を完成させていた。
その詠唱が終わるや否や、ナンバーイレブンの頭上に雷が襲い掛かる。それを避けるために、ナンバーイレブンはキョジャックの体を足で蹴り飛ばしていた。
反動で、二人の距離が開いたところに、雷の槍が突き刺さる。
「お前達、またやっちゃいけないことをしてくれたね! イドラ! キョジャックを連れて下がりな! ルイ坊やに傷をみてもらうんだよ!」
「そんな! ドルシール姉さんを置いていけないよ!」
「イドラ、頼む! ここは僕に任せるんだ! キョジャックを! 頼む!
ノウキンの声に応じて、巨大な狛犬のようなゴーレムが姿を現していた。
漆黒のオーラを体に纏い、口からは炎をちらつかせている。
イドラの身長をはるかに超える巨大さのそれは、敵を見定めるようにナンバーセブンとナンバーイレブンを睨んでいた。
「行くんだよ! イドラ! ちっ、防御壁かい!」
「うほぉ! 残念でーすねぇ。わたーしへの攻撃ぃーいは、無駄ですよぉーお。これをーぉ、無駄なぁーあ、あがきといいまぁーす」
ドルシールは自らの声と共に行動していた。
いつもの必殺のタイミングで、司祭風の男はその首を刎ねられるはずだった。
しかし、その剣は司祭を包む見えない力場にはじかれていた。
「魔法の武器だけでぇーす、それも高位のものでしぃーかぁ、このわたーしは傷つかないのでぇーす」
司祭風の男は、ドルシールを一瞥し、もう一度鈴を鳴らしていた。
うなり声がしていた。低く、どこまでも低い。獣のようなうなり声だった。
それは、ナンバーセブンとナンバーイレブンから出ているものだと気付いた時には、その行動は完了していた。
ナンバーセブンが召喚した狛犬型ゴーレムを粉々に粉砕し、ナンバーイレブンがイドラを背後から一突きしていた。
崩れ落ちるイドラとキョジャック。
「イドラ!」
ドルシールはその瞬間、ナンバーイレブンの首を落とし、ノウキンに迫るナンバーセブンの首を跳ね飛ばしていた。
「ノウキン! 一旦二人をつれて下がるんだよ! いいかい! もう反論は許さないよ!」
いつになくドルシールの声は必死だった。
ノウキンの口が何かを告げようとしていたが、それは言葉にならなかった。
口をつぐみ、目を閉じたノウキンは、小さく頷いて二人の元に走っていった。
「おやおや、おぉーやぁ。その武器でぇーも、だーめでしたねぇーえ。残念でしたねぇーえ。ほかのぉーは、無いのですかねぇーえ?」
またもや、ドルシールの攻撃は、司祭風の男には届かなかった。
ナンバーセブンとナンバーイレブンの首を刈った次の瞬間、ドルシールは司祭風の男に、初めて見る直刀で攻撃していた。
刀身に炎を宿す直刀。明らかに、強い魔法の力が込められている。
しかし、それも男の前で弾かれていた。
「さぁーあ、おまえたぁーち。昼寝はもうおしまいだぁーね」
もう一度、鈴の音がなったと思いきや、ドルシールの背後で苦悶の叫びが沸き起こっていた。
「ノウキン!」
慌てて振り返るドルシール。
「おぉーやぁ? よそ見していてぇーも、いーいのですかぁーあ?」
ドルシールが振り返った瞬間、司祭風の男がそう問いかけていた。
一瞬、ドルシールの体が硬直していた。
目の前で、ノウキンの背中が袈裟懸けに切り払われている。
それを行ったのは、紛れもなくドルシールが首を飛ばしたナンバーイレブンだった。
崩れ落ちるノウキン達。
「そんな……。普通の変態にこんな真似、できなかったはず――」
口からあふれ出る血のために、それ以上言えなかったドルシール。ゆっくりと、視線を自分の腹から突き出ている剣先に向けていた。
ほんのわずかな気のゆるみだったのだろう。
でも、それを見逃さないものがいた。でも、正直それが動けるようになっているなんて思いもしない。
首のないナンバースリーがドルシールの体に大剣を埋め込んでいた。
幸い、即死にはなっていない。ただ、致命傷だと明らかにわかる。
「この子たちは、わたーしの特別性ですねぇーえ。乙女の使徒であぁーる、このヤマンバ・カマンバ様のぉーお、特別性ですねぇーえ。他のものとぉーお、一緒にしないでほしいでーすねぇーえ。でも、ちょうどいいですねぇーえ。お強いあなーたにぃーいは、この秘薬を、試してみますぅーか。山羊の使徒がねぇーえ、変えたいって言ってたですねぇーえ」
ナンバースリーに剣を突き刺されたままのドルシールの口に、何かを飲まそうとする司祭風の男。
その瞬間、司祭風の男は何かを察知したかのように、後ろに飛び退いていた。
閃光が司祭風の男と、ドルシールの間を走り抜ける。
瓶がわれ、中の液体は砕けた瓶もろとも、地面に落ちている。ほんの数滴程が、ドルシールの顔にかかっていた。
「なーにものですかぁーあ? わたーしの、楽しーみをじゃまするのわぁーあ?」
割れた瓶を、憎々しげに見つめたあと、男は閃光の元をたどるように、木々の間を睨んでいた。
「それまでにしておいてもらいましょう。この村での殺しも、いかがわしい行為も禁止です。もっとも、すでに死んでいる人には容赦しませんけどね。さようなら」
「そうですね、もし、死んだりすると、たぶん私が怒られちゃいますので、それだけは勘弁して欲しいものですね。怖いんですよ? あの人は、ああ見えて。そうですね、誰も死んでいませんから安心してくださいね。色々思うことはあるかもしれませんが、これも星の導きです」
懐かしい声が聞こえた瞬間、ナンバースリーも、ナンバーセブンも、ナンバーイレブンも地面に崩れるようにして動かなくなっていた。
何が起こったのか、わからない。でも、誰がしたのかは明白だった。
「ロイ兄さん、そこの異常者は倒しました。それでは、全員の治療をお願いします。特にドルシールさんは危ない。もしかすると、ロイ兄さんだけでは難しいかもです。その時は、帰ってくるまで何とか頑張ってください」
「そこの変なあなたは、そこから動かないようにしてくださいね。ロイ君の邪魔をしようなんて思わない事です。もっとも、動ければの話ですけどね」
まだ姿は見えない。でも、そこにいるのが誰かは分かっていた。
「なーにを、いってるーうううう!? あらぁーあ? うごけないじゃーあ、あーりませんーかぁーあ!?」
司祭風の男が見つめるその先には、ロキと組合長の姿があった。
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