第97話事実の扉を目の前に
「え!? 何!? どういう――。ロイ! ロキ!」
影から飛び出てその光景を見た瞬間、ルキは叫んで走り出していた。ざっと記憶に照らし合わせると、ここは中央の広場に近い、少しだけ開けた場所だと思う。
「おかあさん……。どうしたの?」
リナアスティは、メナアスティのそばに寄りながら、不安そうな声をあげている。
それもそうだろう。
ここはかつての村ではなくなっていた。まだ、焼けた臭いがわずかながらに残っているから、それほど時間がたっているとは思えない。おそらく二、三日といったところだろう。
「行こう、組合長の家に行けばわかるだろう。メナアスティ、子供たちもそこだね?」
多くの人の気配が、その場所で感じられる。自分の家に向かったルキもたぶんやってくるだろう。メナアスティが、なぜこの場所で待っていたのかはわからない。
でも、まずは何が起きたのかを知る方が先だった。
「ふむ、まだ足りぬのか……。これはリナを……」
何かを思案しながらも、メナアスティはしっかりついてきてくれていた。
その隣で、リナアスティも不安感を漂わせながらついてきている。
「ヴェルド……。なんだか怖いよ」
「そうだね……。僕たち全員で施した、あの結界が破られたのは予想外だったよ」
全員、この村で起きたことに憤りを感じているのが分かる。そして、警戒している。
何者かが、この村を襲ってきた。ただ、それだけは事実としてわかっている。
「ありがとう、みんな。急ごう。メナアスティ、リナアスティ。ちょっと急ぐよ」
振り返り見た二人の顔は、黙って頷いてくれていた。
ありがたい。
銀竜である二人にしてみれば、ここは取るに足りない村だろう。でも、そんなことを微塵も感じさせず、二人はついてきてくれる。
「ありがとう、メナアスティ、リナアスティ」
感謝の気持ちが、自然と口に出ていた。
「気にすることは無い」
「うん、大丈夫だよ」
帰ってきた二人の言葉を背に、私は組合長の家へと駆けだした。
***
途中、全ての家が全壊なり、半壊なりしているなか、組合長の家だけは無傷のままだった。その違和感を探るよりも前に、家から出てきた人物を見て、思わず叫ばずにはいられなかった。
「ロイ! 大丈夫なのか!」
駆け出した速度は、自分で思ったよりも早かった。以前よりも体の動きが向上している感じがする。
でもロイは、私以上に驚いていた。
遠くで聞こえた声に反応した感じのロイは、意外に近くだった私の姿をとらえきれていなかった。
「ああ、ヴェルドさんだ! お帰りなさい……。姉さんは――家だよね。でも、こっちにくるでしょうね……。もう、あそこには何もないから……。でも、丁度よかった。もしかしたら、ヴェルドさんの力じゃないと治せないかもしれない。他の人は大丈夫だったけど、ドルシールさんが……。僕の力では、ダメでした……。いつも、いつも、結局僕は誰かを頼ってしまう……」
かなり憔悴した笑顔で、ロイは私を見つめていた。
恐らく、ずっと治療してたのだろう。
そして、自分の手に余るドルシールを、どうにもできない自分をふがいなく思っているのだろう。
「ロイ、よく頑張ったね。まず、君が無事で何よりだ。私が出来るかわからないけど、ロイが頑張ったんだから、他の人が助かった。違う? それは、私じゃない。ロイがやったことだろ? なら、それを誇るべきだと思う。私が出来ないことを、ロイはやったんだ。じゃあ、今度は私が頑張ってみるよ」
その頭をそっとなでると、ロイはうつむきこらえていた。
自分の中から、こんな言葉が出るなんて思ってもみなかった。
でも私は、私一人では何もできないことを知っている。精霊たちがいたから、ルキがいたから、メナアスティとリナアスティがいたから、ガドラがいたから、そしてディーナさんやデル老師をはじめ、あの国で知り合った人たちがいたから、私はここに立っている。
その中には、この村の人たちも含まれている。
ただ、ロイは一人で不安だったのだろう。
たしかに、ここをルキに託されたのは、ロイだった。
だから、必死で頑張ったに違いない。
この小さな体で、自分のできることを必死に頑張ったのだと思う。
そう考えると、思わずロイを抱きしめていた。
自分でも、柄にもないことをしていると思う。でも、これが多分、弟が必死に頑張っているのを見た、兄の気持ちなんだと思う。
「よく頑張った。後は任せてくれていい」
「ヴェルドさん……。いえ、大丈夫です。お手伝いします!」
私の拘束を押しのけたロイは、はっきりとそう答えていた。
「そうか……。じゃあ一緒に頑張ろう」
両肩を持ってその顔を見ると、そこには子供じゃない男の顔があった。
私はどこか心の中で、ロイを子ども扱いしていたのかもしれない。
ロキは大人びていたから、つい比較してそう見ていたのかもしれない。
でも、ロイはしっかりと自分を持っていた。
自分に託された想いを、しっかり自分の力でやり遂げようとしている。
「ロイ、君は本当に偉いよ。ロキはどこ? 組合長は?」
私のその問いに、一瞬固まったロイは視線を地面に向けていた。やがて、小さく息を吐き出すと、私に向けて真剣なまなざしを向けていた。
「何があったのか話すよりも、実際に見てもらった方がいいでしょう。シン様が事前に用意して下さっていたようです……」
何かがあった。そしてそれは記録されている。その事が意味することは、極めて明確なことだった。
そして組合長が、あらかじめ用意していたものだということを、今のロイは知っている。
組合長は知っていた。それなのに私には告げず、恐らく誰にも告げていなかった。
そして、ただ記録だけを残していた。
その事実が、何よりも恐ろしかった。
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