第89話勇者を倒せし者の名は

この旅で、嫌というほどわかっていたつもりだった。

確かに、よくわからない行動をとることは多かった。でも、ある程度常識ある行動もしていた。


何をしでかすかわからない。


それが最終的に得た答えだった。それしか言いようがなかった。

そして目の前の光景が、それを証明してくれていた。


二人の周りで時が止まったかのように、そこは静寂が支配していた。

未だにその光景が信じられない。


今私が見ているもの。それは何者かによって生み出された、幻なのだと思いたい。

ただ、精霊たちを宿している私には、普通の幻覚や幻術の類は効きにくい。

だからそれは、紛れもない真実だろう。


でも、信じられないという意識が、ありのままに受け入れる事を拒んでいる。


息をのむ。

言葉を失う。

未だにそういう状態から抜け切れないでいる。

沈黙しているのはガドラなのに、それが私にまで影響してくるとは思いもよらなかった。


ありえない! いっそのこと、そう叫べば楽なのかもしれないけど、私は何も言えなかった。


一体どうやったらそういう行動になる? 普通じゃないだろ?

ただし、普通という事から、遠い存在だというのも分かっていた。


そして、いくら考えたところで、目の前で起きていることは、全く変化しなかった。



油断なのか? いや、違うだろうな……。


でも……。

改めてその男の言動を考えてみれば、今の状況は予想しておくべきことだったかもしれない。


その男は、罠があったとしても、避けて通らずに突き進むことをよしとしていた。

その男は、いわゆるおとこの世界で生きていた。

その男は、自らの守るものの為には、命を賭して挑むものだった。


その男は、ガドラ。勇者殺しのガドラとさっき呼ばれるようになった男。

そしてガドラは、本当に勇者殺しとなっていた。


ガドラは、真剣な表情のまま口を動かしている。でも、沈黙状態になっている以上、言葉としては伝わってこない。

それでも、ガドラは何かを話し続けていた。


たぶん、相手が聞いてなくても関係ないのだろう。言うべきことを言っている。

そんな感じだった。


つい、その口の動きを追っていたから、大体のことを理解してしまった。


多分……。

『お前を倒したのは、ドルシール一家のガドラだ。お前は強い。ただ、相手が悪かった。お前が、お前達があの子たちを危険な目にあわせなかったら、俺もお前を倒すことは無かった。これを『やぶそば』というそうだ。残念ながら、俺はメイドじゃないが、これも『めいどのおみやげ』というやつだ。お前にやろう、勇者タマ。そして、安らかに眠れ』という感じだろう。


可愛そうな、勇者エマ。話さなくても、迷惑なガドラ。


その人生の最後の贈り物。

贈られたのは『名門蕎麦屋のそば』。しかも、送り主は偽メイドの男ときている。


『メイドのお土産』ってなんだ! と聞きたい。

『藪蛇』だろ! と言いたい。

だいたい、あの世に行くのに、引っ越しそばはいらないし……。


しかも、沈黙状態のガドラの言葉はエマには届かない。だからというわけじゃないけど、見ている私に届けられてしまった。


もう『ことワザ』は勘弁して欲しい……。


誰も聞いてない、間違いというかボケ――ガドラはボケてもないし、間違いだとわかってもいないのだろうが――を私だけが聞いてしまった……。


私以外、誰もボケを認識していない世界。


その中で、私だけがツッコミを我慢させられている。しかも、これ以上反応することもできない。

もし、これ以上過剰に反応してしまうと、精霊たちに白い目で見られてしまう。


関われば関わるほど、深みにはまる。

アイツの正体は、ガドラ地獄のガドラだったんだ。


もう、勘弁して欲しい。

頼むから……。ピンポイントで狙ったようにボケるのはやめてくれ。これじゃあ、生殺しじゃないか!


深々と王家の剣をその胸に埋め込まれているエマは、口から血を溢れさせ、まだ信じられないという目で、ガドラを見つめている。


ガドラはガドラで、まだ何かを話している。


もう見ないぞ、ガドラ!


その口の動きは罠なんだ。

そして、とどめを刺すかのように、ガドラは剣をさらに押し当て、次の瞬間には勢いよく引き抜いていた。


剣に遅れてエマもガドラに引き寄せられる。


その瞬間、二つの出来事が同時に起きていた。

エマから飛び立ったあの光は、ガドラの中へと吸い込まれ、ガドラは勢いよく銀竜から離れていた。


何かを感じたのはさすがというしかない。しかし、体勢を整えるまもなく、砂まみれになっているガドラ。


よほど慌てていたのだろう。

そのまま勢いを殺せずに、砂の中にうずもれていく。まさしく、あれ。


ただ、一旦ガドラに入った光は、そのまま飛び出していた。しかも、その砂埃にまみれて姿を見失った。


だが、次の瞬間。

光は私の目の前に現れると、そのまま私の中に飛び込んできた。


ほんの瞬きをする間に、【魔物制御】の能力を理解できた感覚と、能力が封印された感覚が、同時に私の中で湧き上がっていた。


興奮が一瞬で冷めたような感じが気持ち悪い。ガドラから分捕ったようで後味も悪い。


でも、これ以上ガドラにかまっている暇はなかった。


エマの制御下にあった銀竜は、その支配が無くなった途端、急に暴れだしていた。

あのままガドラがそこにいれば、間違いなく振り落されていたに違いない。


苦痛の咆哮をあげる銀竜。


自我を消された苦しみなのか、自分を取り戻せない怒りなのかは定かではない。

しかしその炎の息吹は、周囲の砂漠に容赦なく襲い掛かっていた。


このままでは、ガドラが危ない。

そう思ったけど、ガドラは砂漠を疾走していた。時折、銀竜の炎を転げまわるようにして避けている。


私の心配を返せよ、ガドラ……。


もういいや。

それよりも、やはり銀竜の様子が変だ。

あの感じは、予想よりも大きな負荷がかかっている可能性がある。


その時、転げまわった砂の中からガドラが起きだし、王家の剣の剣先を、銀竜に向けていた。

そして沈黙のまま、銀竜には届かない何かを告げている。


『銀竜よ、お前に恨みはないが、これ以上暴れるならこのガドラ様が相手だ』

多分そんな感じで言ってるのだろう。ついつい、見てしまう自分が情けない……。


王家の剣を向けられて、銀竜もガドラを認識したようだった。


銀竜対ガドラ。


どう考えたって、ガドラに勝算があるわけじゃない。それでもガドラは不敵な笑みを浮かべていた。


咲夜さくや! ハナ!」

【光速移動】を使い、尾花おばなを抜いて、そのままガドラの影から銀竜を突き刺した。


「ハナ! 能力解放! 咲夜さくや! 私を影の中に!」


心というものに形はない。だから、私にはそれをつかむことはできない。

でも、尾花おばなの能力で、心というものを具体的に認識することができた。


形があるわけじゃない。でも、確かにそれはそこにあった。


初めてだったけど、銀竜の心と私の心を繋ぐことに成功した。

そして繋いだ心を介して、精神と精神のつながりをさぐりだすことにも成功した。


精神を繋いだ瞬間、銀竜を苛む異常な状態が伝わってきた。


混乱、苦しみ、怒り。

憎み、絶望、屈辱、苦痛、そして悲しみ。

そういった感情が、束になって襲い掛かってくるようだった。つないだだけで、この感覚だ。

中心にいるとどうなる?


勝てるか? この状態に?


刹那の逡巡。

しかし、今はこれ以外に方法はない。


今の私には尾花おばなの活力がある。そして私には、精霊たちが付いている。


体の方は咲夜さくやが何とかしてくれるだろう。しかも、正常に戻った銀竜がガドラを攻撃することは無い。

ガドラもそれは分かるだろう。


何より、今は自分を信じてみよう。銀竜と約束した自分自身の言葉を……。

その戦いには勝算があるわけじゃないけど、そもそも私は一人じゃない。


十分勝てるはずだ。


私と銀竜に尾花おばなの活力を流し込んだと同時に、私の精神の状態と銀竜の状態を入れ替える。

これで私の正常な状態が銀竜に移り、私が銀竜の状態を引き受けたことになる。


【位置変換】


銀竜の精神状態と私の精神状態を、心を介して入れ替えた。

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