第72話情報屋

「で? 君はここで、この家を守っているのかな?」

ふんわりと、飛び立った春陽はるひが私の目の前に舞い降りた。

仁王立ちしているようなその姿。

その小さな背中に、なんだかとっても頼もしさを感じていた。


「あはは! そんなに警戒しなくても、君たちのマスターに憑いたりはしないよ。僕はこの家を守るのが役目だしね。中では主人と、あともう一人いるけど、入るかい?」

その瞳はいたずら好きを感じさせるものだった。さっきの視線は、やっぱり憑依をしようとしたものだったんだ。


あぶない、あぶない。


ブラウニーはいたずら好きの家の精霊だと教えられている。家についている事が多いけど、人間についてくることもあると書かれていた。

日本で言う座敷童のようなものと、私の中では理解している。

未だに自分の家というものを持っていない私にとって、今最も縁のない精霊だろう。


「情報屋のケンさんは、君のいう主人のことかい?」

とりあえず、ここが目的地なのは間違いないだろう。ちょっと違うけど、出発地が目的地だというのは、謎ではありがちなものだと思う。


「そうだと言えるし、そうとも言えない。まあ、入ってみればわかると思うよ」

この国は、よほど謎が好きなのだろうか? いや、この場合はここの主人というべきかな?

それとも、このブラウニーが悪戯好きなだけなのか?

考えても仕方がないことだと思いながら、二人を伴ってその家に入ることにした。



「初めまして、お客人とこの世界の人間たち。私がこの家の主人ディーナ・ニマンだよ。こっちはシルキー。ブラウニーと共に、この家のことを色々としてもらっている」

ディーナと言ってきた人物は、まぎれもなくあのエルフだった。


なんだろう、無性にこの出会いに感謝したくなった。


アニメではない。でも、目の前にいるのは、アニメの世界のエルフだ。

生エルフって言ったら怒られるかな?


でも、これが興奮せずにいられるだろうか!

この同一性は、誰かがこっちの世界と日本――もしくは幅広く向こうの世界かもしれないが――とを行き来した可能性があるということだ。

少なくとも、こっちの世界から、元の世界への情報が流れていると言えるだろう。

『ことワザ』をはじめとして、今までは、こっちの世界に、元の世界の情報が流れている事にしか出会えなかった。


もしかすると、帰れる手段があるのかもしれない……。

そう考えると、興奮せずにはいられなかった。


「ヴェルド?」

優育ひなりの声で、一瞬我を忘れた自分が恥ずかしくなった。


今、それを気にしてどうなる?

仮に、その手段を目の前にした時に、私はそれを選ぶのか?


いや、そんなことはしない。

誓って、そう言える自信がある。


今までは流されるままに生きてきた。

でも……。

もう、そうじゃない。少なくとも、ここに立っている私は、自分の足で歩いてきた。


「すみません、一瞬我を忘れてしまいました。本当に申し訳ないです。しかも、先に名乗らずに申し訳ありませんでした。私は――」

「ヴェルドだったよな。オイラ、ちゃんと知っておるぜ! 見えることなら、オイラの知らねぇ事なんて、これっぽっちもないんだぜ! 見えないことは、見えるまで見続けるんだぜ! でも、それでも見えない時は、想像することで補ってるんだぜ! どうだ? まいったか? これを『けんさん』って言うんだぜ! 恐れ入ったか! コラ! オイラの頭の中には、『知らない』っていう言葉は入ってないんだぜ! 今は滅んでもうなくなった、タムシリン王国の最後のまことの勇者。そして、まことの勇者とも言われたんだよな。へへっ! 見える。見えるぜ! オマエのことがよく見える。よし、おいらの主たちにも見せてやろう! こんちきしょう! こうして澄ました顔してる、このヴェルドの真の姿が、実はとんでもない下衆野郎だって、わからせてやるぜ! この下衆野郎が!」

ディーナさんの前に置かれていた水晶球がしゃべり始めたかと思うと、とんでもないことを言い出した。


真の姿? なんだ、それは? ていうか、なんか私に恨みでもあるのか?


だいたい、この世界に来てから、姿かたちを変えた記憶はない。

あえて変わったとすると、全ての精霊たちを宿した時の姿だろう。

でも、基本的には変わらないはずだ。


しかし、まことの勇者まで知っているという水晶球。

こいつは、危険な存在だ。

しかも、身に覚えのない恨みまで買っている。


この国の勇者ではないとわかったら、私はともかく、後ろの二人まで危険に巻き込まれるおそれがある。


事としだいによっては、怒って割ることも考慮しよう。

警戒心を最大限に動員した瞬間、頭の中にあの時のことが飛び込んできた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る