第63話女の秘密

「さすがだな、ドルシール。思わず昔のことを思い出しちまったぜ。でもよ、俺達もそうそう何度も同じ目にはあわねーよ。お前が街でちんたらやっている分、俺達ものんびり準備させてもらったさ!」

ポエスは自信たっぷりに、ドルシールの鞭をはじいていた。


いや、そこはしっかり準備しろよ! 相手に合わせてどうするん?


「ふっ、お前たちごとき、いくら束になってもあたいには届かないさ。でもね、少なくとも、一緒に生活した仲だ。『おなじ、おかまのめしをくったなか』っていうしね。ちゃんと最後まで、面倒見てやるよ。その腐った根性、叩き割ってやるさ。これも、『しずみかかったふね』って言うしね!」

鞭を手放し、鎖鎌に持ちかえるドルシール。分銅の回転がゆっくりと上がっていく。


手に汗握る一瞬だけど、あえて言わせてもらいたい。

なんで、『おかまのめし』になる? すなおに『かまのめし』でいいだろ?

それとも何か? つくったのが、そうなのか?


それに、何となく意味が通ってしまってるけど、船が沈んじゃあぶないから!

ちゃんと、うかべてくれないと!


後はもうどうでもいいけど、一応叩き割ったらだめだ。叩きなおしてあげないと!


「その分銅には、前に痛い目を見たからな。だから、こっちも特訓したさ。でもよ、今回は、秘密兵器を使わせてもらう。あの組合のうさんくさい魔術師からもらった、この魔獣召喚の巻物がそうだ! いでよ、幻獣! 魔獣召喚!」

もはや何が出るのかわからないが、とりあえず魔獣(仮)召喚の魔法陣が展開されていた。

「ルキ、ちょっとこの子を返してくる。君はどうする?」

「あたしは見届けるわ!」

「私も、見届けさせてもらいます」

ルキはともかく、エトリスからそういう答えが来るとは思ってなかった。


「ここで起きたことを見逃すわけにはいかないのです。この私を求めて……。いいえ、これは私が求めたことなのかもしれません」

このキラキラと輝くような好奇心を前にしては、どのような言葉も力を失ってしまう。

しかも、微妙に何かはき違えている気もする……。


逞しいというか、何と言おうか……。


「わかった。でも、危ないから下がってるんだ」

二人の守りは優育ひなり氷華ひょうかに任せることにした。とりあえず、この二人の安全を確保する事が最優先だ。



***



「はーはっ、はっ、はっは! みろ、ドルシールの顔を、恐怖で歪んでいるぞ!」

ポエスの挑発は、おそらくドルシールには届いていない。ポエスの手下も、ほとんど気絶しているからそれに応じることもなかった。


ただ、ドルシールの顔は確かに歪んでいた。

でも、それは恐怖じゃない。


恐らく、ポエスをたきつけた奴に憤りを感じているからだろう。こんな妙な物さえ手に入れなければ、ポエスだってドルシールに反抗することは無かったはずと考えているのだろう。

ポエスの心の弱さに付け込んだ奴がいる。

しかも、ポエス自身が魔術師組合の人間だと言った。

そして、こんなものを貸し与える以上、その組織でもかなり上位の人間が関係しているに違いない。


「姉さん、ここは、俺達の後ろで」

「ドルシール姉さん、僕らが盾になるから!」

ガドラとイドラが前に出た。


軽装のドルシールに対して、二人はそれなりに防具が整っている。しかし、目の前のヒュドラを前にしては、さすがに苦戦するだろう。首が五つしかないから、完全なヒュドラとは言い難いけど、それでも難敵であることに変わりはない。


「ふっ、お前達。あたいが、こんな蛇もどきに後れを取ると思ってるのかい? いいだろう。たまには、あたいの本気を見せてやろうかね!」

ガドラとイドラを押しのけて、ドルシールが前に出た。分銅はもう回していない。ただ、鎌とまとめて持っている。それは決して鎖鎌の使い方じゃない。


他に何か武器がある?


その姿を見たガドラとイドラは、それぞれ戦闘態勢を解いていた。それはドルシールに対して、絶対の信頼をおいているからできる事だろう。


召喚されたヒュドラは、ポエスの命令がないと動かないのか、ドルシールを前にピクリともしなかった。


「哀れだねぇ、安らかにお休みよ」

まるで子守歌を歌うかのように、ドルシールはヒュドラとの間合いを詰めている。ヒュドラの方は、やはり微動だにもしていない。


まだ、ヒュドラの首を伸ばしても、ドルシールには届かないのだろう。動きの速いドルシールに対して、ポエスは最初の一撃で圧倒的勝利を得るつもりなのだろう。

一歩、また一歩とドルシールはその間合いへと近づいていく。


静寂が、洞窟の中でじっくりと腰を据えていた。


あと一歩の距離。

ドルシールの歩調が少し変わった。


ポエスが叫ぶために息を吸い込んだ瞬間、ドルシールはヒュドラの四つの首を切り落としていた。再生しようにも、すでにできない状態になっている。五つの首の切り口は全て燃やしてある。首を失った体は、何もすることがなくなったかのように、地面にそのまま伏せていた。


「なに? 何があったの?」

「何がありましたの?」

後ろでルキとエトリスが声をそろえて、優育ひなりが作り出した土壁から身を乗り出していた。



「は?」

ポエスの発した言葉は、ただそれだけだった。それだけの言葉だけど、そこには色々な意味が同居していた。


その言葉には、何が起きたのかわからないという感情があった。

その言葉には、目の前の現象を受け止められないという感情があった。

その言葉には、圧倒的な力を見た感動があった。


「さすが、姉さん! 早すぎてよくわからねぇが、とにかくさすがだ!」

「そうだね、さすがドルシール姉さん。今度も見逃しちゃったよ」

ガドラとイドラはただ単に頷いている。


「さて、ポエス。もう、おもちゃは買ってもらってないのかい? あれほど知らない人に物をもらっちゃダメだって言っただろ?」

地面に投げた鎖鎌と鞭を拾って、ドルシールはポエスの方に歩いていく。

押し出されるように、ポエスと残った手下は壁へ、壁へと押しやられていた。



「ねえ、何があったのか教えてよ!」

後ろでは、ルキが私の袖を引っ張っていた。


もう、ポエス達がどうなるのかは興味ないらしい。それよりも、いきなりヒュドラの首が落ちたことが気になって仕方がないのだろう。


「私も知りたいです!」

なぜか、エトリスにまで懇願された。

たしかに、あっちはもう戦意を喪失している。これから行われるドルシールの行為は、この少女たちにこれ以上は見せない方がいいだろう。


「ドルシールは帯に魔法の鞄のようなものを仕込んであるんだと思う。そこから、やや広刃の短剣のようなものを二本出してたよ。両手でそれをもったドルシールは、回転しながら首を落としたんだよ。あまりに早かったから、君たちに見えなかったとしても仕方がないよ。それだけ、ドルシールがすごいってことさ」

それにしても、あんな所に、あんなものを隠し持っているとは思わなかった。魔法の鞄にも、色々なものがあるとわかって勉強になった。

これからは、そういうつもりでいないとダメだな。ていうか、単純に欲しい。


「え? じゃあ、今持ってないってことは、あの一瞬で切っただけじゃなく、また戻したってこと? なんで?」

ルキの顔は、まったく納得できないようだった。それは自分が見えなかったからだろうか? それとも単純に強い武器を持っていた方がいいという考えだからだろうか?


「彼女は暗殺者アサシンだからね、手の内をさらさない方がいいんだろうさ。それに、本当に強いから、必要なときしか力を出さないんだろうね。力の使い方をちゃんとわきまえている証拠だよ。強すぎる力ってのは、周りにもそれなりに影響しちゃうからね」


「それに、いい女ってのは、秘密があるもんだよ。女にとって、秘密はアクセサリーのようなものさ。ルキも大きくなったらわかるよ。でも、アンタ。やっぱりただのあんみつ坊やじゃなかったんだね。何者だい?」

人が話している後ろから、ドルシールが真剣な顔でやってきた。

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