第56話交差する二人
「そんなことさせないわ!」
一瞬、余分な
制止するまもなく、ルキはテーブルを叩いて立ち上がっていた。空になったあんみつの器が、驚きの声をあげている。
「お嬢ちゃん、盗み聞きだなんて、感心しないねぇ」
ドルシールの笑みは、最初から分かっているような感じだった。見るからに凄みを増してこちらを見ている。さっきまでとは全く違う雰囲気を出していた。
ひょっとして全部芝居だった?
いやいや、そんなことは無いだろう……。
「感心しないのはこっちの台詞よ。自分の思い通りにならないからって、力で何とかしようなんて――」
「まるで勇者だとでも言いたいのかい?」
ドルシールの顔は、なぜか私の方を向いていた。まさかとは思うけど、私のこと、勇者だとわかるのだろうか?
いやいや、そんなことは無いだろう……。
「そんなこと、どうだっていい! 何の罪もない人が誘拐されるのを黙っていられるほど、あたしは大人じゃない!」
「まあ、見るからに子供だろうさ。大人の魅力ってのが、ないからねぇ。でもね、そういうのなんていうか知ってるかい? 『ひきおのゆう』って言うのさ。いい機会だから、覚えときな。自分の力を過信して、無謀な事をする奴の事さ」
「さすが、姉さん!」
「『ひきおのゆう』かぁ、『ひきおのゆう』。うん、覚えたよ。おい、お嬢ちゃん! よかったな、一つ勉強になっただろ」
相変わらず、余裕の笑みを崩さないドルシール。囃し立てるように笑う男たち。
その見た目とは裏腹に、三人からは全く隙が感じられなくなっていた。
それらを前にして、ルキは必死に拳を握りしめていた。
成長したね、ルキ……。
今、ルキはどうしようもない力の差を感じているのだろう。己の無力さをかみしめているに違いない。でも、それは同時にルキの成長の証でもある。
届くかもしれないから、悔しいんだ。
これまでもルキは、必死に鍛錬を積んでいた。村では、冒険者たちに教えを乞うていたし、勉強もしていた。
マダキでのゴロツキどもの鎮圧にも、ルキは他の冒険者たちと協力して、十分活躍していた。
あの時はルキの頼みもあって、私はほとんど手を出していない。
というか、手を出そうとしたら、怒られた。
たぶんそれは、ルキが自分に課した制約なのだろう。
強くなる。
あの時から、ルキは自分にそう言い聞かせているのだと思う。
それでも、目の前の三人は、ルキにとっては荷が重すぎた。それは今、ルキが一番よくわかっているだろう。
ジェイドのように、大きすぎて恐怖しかわかないものじゃない。現実に乗り越えられるものかもしれない壁だから、余計に悔しく感じるに違いない。
後ろ向きで顔は見えない。でも、固く握りしめて小刻みに震えるその右手は、ルキの気持ちを代弁している。
彼女たちはマダキのゴロツキどもとは違う。その事は十分感じているだろう。
その悔しさは、よくわかるつもりだ。
本当に、成長したね、ルキ……。
それでもあきらめずに、油断なく三人を観察している。
さて、私はどこまで見守ればいいのだろうか……。
たぶん、間違ってもあの三人は自分たちから、妙なまねはしないはずだ。
ドルシールの性格上、そういう事になる雰囲気じゃない。
前の男たちも、それは分かっているだろう。
それに、私の存在を無視して仕掛けるほど、ドルシールは愚かではないと思う。私の性質【嘘】によって、私の実力は隠ぺいされている。
多分ドルシールにとって、不気味なものとして感じているだろう。
だから、ドルシールは私を観察し続けている。
ただ、私もいつまで見守ることを続けたらいいのかもわからない。
ドルシール達が暴挙に出れば、話しは別だけど、それを待っているのもどうかと思う。でも、下手に手出ししたら、後でルキに正座させられる。
本当に、どうしようか……。
これは、ルキとドルシールとのことだと言わんばかりに、ドルシールは私を見ている。
ルキもたぶんそう考えているに違いない。
でも、ルキは自分から行動しても、どうにもならないことはよくわかっているはずだ。
さて……。
本当に、私のできることがないのだろうか?
そう考えた時、理解がすとんと落ちてきた。
だから、その小さな背中にほんの少しだけ忠告しておくことにした。
「状況を考えて、自分にできることをするんだよ。君は一人じゃない」
何もすべて腕力で解決する必要なんてないんだ。
私が後ろにいるという状況を、うまく使えばいい。
全部自分の力だけで何でもしようと思うのが間違っているんだ。
それこそ、『ひきおのゆう』じゃなく、『匹夫の勇』だからね。
私の声が届いたのだろう。
ルキは大きく深呼吸をし始めていた。息を整えながら、考えている。
今、最善は何なのかを、一生懸命に考えている。
「わかってるわ、そんなこと。あたしがどうあがいたってあんた達にはかなわない」
それまでの思考を断ち切るように、ルキは右手を大きく横に払っていた。
明らかに、今真のルキとは違う雰囲気が漂い始めている。
「そりゃそうさ。お嬢ちゃんとあたい達じゃ、潜り抜けた修羅場ってのが違うからね」
ドルシールは余裕の笑みを崩していない。それでも、ルキの方を見るようになっていた。
「まぁ、その度胸はかってやるさ、『ひきおのゆう』ちゃん」
「ガドラ
「なるほど、『ひきお』ってのは、そういうやつだったのか! これは、『ひきお』に悪いことしたかもな。イドラ、助かったぜ。もう少しで、俺も『ひきお』ってのに殺されるとこだった」
「そうだよ、ガドラ
「そうだな、『ひきお』には注意しておこう」
「そうだね、僕も気を付けておく」
もういいから、お前らどっかいけ!
この場の雰囲気を全く顧みず、『ひきお』はとんでもなく進化を遂げていた。
もはや、生きている奴の事か、死んだやつの事かもわからない会話になってる。
でも、今更『それは、匹夫だろ!』なんて言えた雰囲気でもない。
いや、それどころか、『ひきお』の真の名が『ヒップ』っていう、この世界にありがちな名前になって逆効果になってしまうだろう。
勇者『ヒップ』って感じになる可能性がある。いや、この二人なら、そうするに違いない。
あぶない、あぶない。
新しい勇者の伝説をつくってしまうところだった……。
やるな、『ひきお』……。
誰か知らんけど……。
ていうかそんな奴いないだろうけど、この二人の世界には、確かに存在する人になっていた。
顎に滑り落ちてきた汗をぬぐい去った瞬間、それまでの雰囲気を断ち切るように、ルキの声が、麗しの宿亭に響き渡った。
おそらくそれは、ルキの全身全霊の力を込めた、心の叫びに違いない。
「何と言われても、あたしの心はもう迷わない! あたしの前で! 圧倒的な力に対して! 守る勇気を示してくれた人がいる! だから、あたしは誓ったんだ! あたしはその背中を知っているから! だから、あたしも教わった! 『ぎをみてせざるは、ゆうなきなり』よ!」
一瞬にして、空気が変わったのが分かる。
そして私の目の前で、その小さな背中に、一輪の勇気の花が咲いていた。
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