第23話取引
「わかりました。種馬の役目は引き受けましょう。でも、それはさすがに成人してからですよね? その代り、それまで冒険者としての身分をください」
何が好きに生きていいだ。
勇者のマントにしてもそうだ。
勇者牧場という柵の中で、ただ生かされているだけじゃないか。成人していないマリウスはどうかわからないけど、ミストは一部それに抗っているに違いない。
いや、自由にしているのか……。
ライトは絶対それを受け入れている。というか、彼の場合は望んでいるのか?
でも、そんなのは嫌だ。
そんなのは、ただ生かされているに過ぎない。
流されるのは、もういやだ。
「困りました……。あまり危険なことは……」
本当に困った顔をしている。おそらく冒険者となって命の危険につながることは避けたいのだろう。
「では、種馬も引き受けません」
こうなったら意地でも引き出してやる。
強制力はたぶんないに違いない。ていうか、他の勇者は受け入れているから、こんな話になったことは無いのだろう。
私のケースはきっとまれに違いないのだろう。
私の意志を感じたのか、ボロデット老師はますます困った顔になっていた。それでも雰囲気は、拒否する方に傾いているように感じる。
でも、困っているだけで、無理だという言葉は出てきてはいない。
あと一押しがあればいいんだ。そして、老師もそれを考えているのだろう。
これは、相手を説得するための戦いだ。
何か、無いか……。この人をその気にさせる一言があればいいんだ。
思い出せ、この人とのやり取りを。この人が私に聞かせた話を。
私が強くなることで、叶えられる何かがある……。
それにしても、強さか……。
この人はマリウスが最強だといった。
そのマリウスを超えることが出来れば、私が最強ということになる。
そうすれば出来る事……。
マリウスが見せた、勇者を平伏せさせる力を超えることで出来る事……。
誰も、逆らうことができない力……。
あった! この人をその気にさせる一言が、確かに存在した。
そして同時に、私の中で何かが外れる音がした。
多分その言葉は、ボロデット老師にとって甘く、ねっとり絡み付くように響くはずだ。そう、まるで物語の主人公が悪の道へと誘われる時のように……。
「ボロデット老師。もし、私が冒険者として成長し、マリウスを超える事が出来たなら、あなたの曾孫さんをライトから取り返して見せますよ」
ゆっくりと、老師の中でしみ込んでいくのが分かる。
普通で考えるなら、一番先に召喚されたライトが最強なのだろう。でも、最後に召喚されたマリウスが最強だということは、ライトは単純な強さを持っていないに違いない。
そうでないとしても、ライトにとっては子猫の一人。そのために、最強になった私との戦いを選ぶとは思えない。
案の定、ボロデット老師の眼に、興味の光が宿っていた。
よし、あと一押しだ。確実に私の話に食いついている。
「そして、私に屋敷をくれれば、お孫さん一家でそこに住んでもらえばいいです。念のために、私は同じ敷地内に住めばいいでしょう。曾孫さんの将来を束縛することはしませんよ。お孫さんと曾孫さんのいいように暮らしてもらえばいいです」
私の目の前には、すでにその提案を前向きに検討している老師の姿があった。
でも、まだ老師の口からは承諾の言葉は出てきていない。
まだなのか? もうあと一押し必要なのか……。
確かに老師は、私の提案という船に乗っている。でも、漕ぎ出そうとはしていない。
半分開いている口は、おそらく老師の言葉としては出ないからだろう。
老師が誰かを説得する言葉が必要なんだ。
この提案は、老師にとってメリットはあるけど、老師以外にはメリットはない。そんな老師の言葉に、誰も納得するはずがない。
老師はそれを探している。
私は老師がそれを探し出すのを待っている。
老師以外を納得させるだけの言葉。
私はすでに知っている。
そして、これは確実にこの国の偉い人たちが望むことだろう。
でも、言いたくはない。
それを考えた自分が情けない。
出来れば、老師が気付いてほしい。
それを言った途端、私は『私の勇者としての資格』を失うに違いないから……。
でも、どれだけ待っても、老師は一向に気づく気配はなかった。
マリウスが最強だという事と、私が好戦的ではないことで、その可能性を見落としているんだ……。
やはり、私が言うしかないのか……。
そんな私の気持ちを察してくれたのか、
そうだった。
それでも、冒険者として生きていくためには、必要なことなんだ。
今、それを捨てる勇気が必要なんだ。
静かに、微笑みながら言うべきだろう。
立ち上がりながら勇者のマントを腰から外し、しっかりと羽織って老師を見下ろす。
「あと、私が最強になれば、マリウスも、ミストも好きにできます」
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