都の星空

 マリウスは、前の世界ならほぼ暗黒と言って良いような暗さの廊下を先導していく。

 暗黒とは言っても、この世界の〝明るさ〟に慣れてきた俺にとっては特にチートの手助けを借りなくとも充分に見える明るさだ。


 マリウスが手にした燭台の蝋燭が揺らめいて、壁にうつる俺とマリウスの影を動かしている。

 前の世界なら不気味に感じるかもしれないその光景も、友人宅であるという安心感からか、特にそんなことを思うことはない。

 ないのだが、それと俺が口に出した疑問は別だ。


「どこへ向かっているんだ?」


 どうも普段は行かないような場所へ向かっているような気がする。そもそもが居住区画を逸脱しつつあるようにも思えるのだが、前の世界でもこの世界でも豪邸に住んだことがない俺には分からない。

 いや、〝黒の森〟のあの家は広さだけで言えば充分豪邸なのだが、鍛冶場の占める面積が多いし、平屋で空いてる部屋は2つの客間だけで、他は生活スペースしかないからな。

 俺の疑問に、マリウスは意味ありげにニヤリと笑って見せた。今は話す気がないということらしい。

 割と頑固なところがあるマリウスが話す気がないなら、無理に聞いても意味はないか。処されるわけでもないだろうし、大人しく従っておこう。

 ユラユラと揺れる影2つが、屋敷の奥へと進んでいった。


 一見するとただの壁にしか見えないところでマリウスが止まる。


「ここを登る」


 マリウスはそう言って再びニヤリと笑うと、壁を力強く押した。すると、その壁が内側にスライドして、ぽっかりと大きな穴が空く。


「隠し扉?」

「そう。奥に階段がある。足もとには気をつけてな」

「あ、ああ」


 マリウスが空いた穴に燭台を差し込むと、光がぼんやりと階段を照らし出した。マリウスが言うとおり、階段は上へと上っている。

 階段は見たところ丸石を積んだ石造りで頑丈なように見える。隠し扉を閉めたあと、先に階段を登っていくマリウスの後を、少しばかり恐る恐る着いていく。

 そう言えば、こっちの世界に来てから、ここまで長い階段を上り下りしたことはなかったような気がする。家にある数段の階段や、梯子ならいくらでも経験があるのだが。

 幸いにして俺の膝が痛むこともなく、俺とマリウスは歩みを進めていった。


「おお、これは……」


 階段を上った先には扉があり、マリウスがそれを開けると、そこは屋敷の屋上のようだった。思ったより広いスペースになっていて、隅に箱が置いてある。

 空には満天の星空が広がっている。ここは天体観測のためのものだと言われたら信じてしまいそうだ。


 しかし、この屋敷には数度来ているが、こんなスペースがあるなと思った記憶がない。おそらくは下からは見えにくいようになっているのだろう。

 途中には隠し扉があった。きっと、ここへは容易に来られないようにしているのだ。

 よく見れば、スペースの端は凸凹にしてあった。ということはつまり、


「もしかして敵襲があったら、ここから迎撃するのか?」

「ご明察。そこの箱に入ってるのは弓と矢、それに弦だよ。明かりはこうして下に置いてしまえば、この周囲を見るには十分で、なおかつ下からは見えない」


 笑って言うマリウスに俺はため息をついた。裏口の仕掛けも随分と殺意が高いなと思ったが、非常時には本気で砦に出来るようになっているらしい。

 武名高らかなお家であるとはいえ、この重装備っぷりは過去になにかあったんだろうな……。


「さてさて、これで大声を出さなければ、あまり邪魔が入らずに話が出来るわけだ」

「つまり、何かあれば俺が大声を出せば誰かが気がつく?」


 マリウスは頷いた。ただの秘密の話であれば、マリウスの自室でも良かったんではなかろうかと思うのだが、すぐに辿り着けないとはいえ、俺が大声をあげればすぐに分かる状態なのは、俺に危害を加えないというアピールのためだろう。


「で、ここまでの場所で話したいことってなんだ?」


 俺はいつもの調子でそう聞いた。そのつもりだが、少しばかり声が強ばっていたかもしれない。わざわざ呼び出してまでする話だ。いずれ大事なことだろう。


「うん。それはね」


 そう言って、マリウスは言葉を続けるのだった。


=====================================================

コミカライズ版の18話①が公開されました。この物語で一番重要なシーンを、日森よしの先生が深掘りしてくださってますので、是非ご覧いただければと思います。

https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_AM19201711010000_68/

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る