連載700話記念:帝国にて
「とうちゃん!!」
そんな叫び声と共に、俺の身体を衝撃が襲った。痛みはあまりないが、しっかりと重さは感じる。
そうか、もうこんな大きくなったんだなと、妙な感慨を覚えながら、俺は目を開けた。
「おきた!?」
「起きたよ」
俺が朝一のあまり上手く出ない声で言うと、緑の髪の少女はニンマリと笑って俺の上から飛び退いた。
彼女はほんの僅かばかり華美だが、その活発さを損なわないようなデザインの服を着ている。
「あれ、クルルは今日はもう着替えたのか」
「うん」
俺がベッドから身体を起こしてクルルに聞くと、彼女は頷いて言った。
「きょうはじぃじのおうちいくんだって」
「ああ……」
クルルの言うじぃじとは、俺が今いるこの屋敷の主にしてこの国を治める長、すなわち皇帝陛下その人であり、アンネの父親である。
皇帝陛下はこうやってクルルとルーシーを呼びたがる。アンネの都合がつけば、その都度クルル言うところの〝じぃじの家〟、つまり城へ行っているのである。
これは俺とアンネが結婚したということではなく、帝国内で見つかった未知の鉱石が加工できるか試すことと、加工が出来たとしてどういうものが作れるのかを探ることという依頼がカミロ経由であった。
多少のすったもんだはあったが結局受けると決め、しかし、どう考えても長丁場の仕事なので、カミロに受けることを伝えるついでに、いい場所が無いか探せそうなら探しておいてくれと頼んでおいたのだが、
「依頼主が提供してくれるってよ」
とのことで、その依頼主が他ならぬ皇帝陛下で、提供してくれたのが皇帝陛下の別宅というか迎賓館というか、まぁそんな感じの目的で使うところだったわけだ。
そして「そこにおるからには家族も同然であろう」と〝孫〟を呼びつけなさるというわけで、さすがに森にいたときのような服装ではまずかろうということで、〝じぃじの家〟へは小マシな服装をして赴くのである。
「あら、おはよう」
先に飛び出していったクルルの後に続いて部屋を出ると、ちゃんと目が覚めているアンネがいた。俺も「おはよう」と挨拶を返す。
ここに来てからというもの、アンネは朝しっかりと起きられている。いつもの朝弱いアンネの雰囲気を知っている俺としては違和感のある状況だが、アンネ曰くは
「多分こっちだと知らず知らずに気を張ってるんでしょうねぇ」
との事だった。〝黒の森〟に来たときは早々に緩んでいたように記憶しているのだが、アンネにとっては実家があまり気の休まらないところだったのだろうかね。
そのへん、あまり詮索するのも良くは無さそうなので何も言わずにおいたが。
「随分のんびり寝てたのね」
「まぁ、昨日に加工は片付いて今日は休みだし」
本当に偶然のようなものだったが、そろそろ諦めたほうが良いかなと思ったタイミングで、まさかこれでは無かろうという手法を試したところ、それがドンピシャで、それから加工自体はスムーズに行えるようになったのである。
そんなわけで、昨日はちょっとしたお祝いをし、今日は休んでのんびり過ごす腹づもりなのである。
「おとうさん」
「おう、ルーシーもおはよう」
アンネの影からひょっこり現れた銀髪の少女――ルーシーだ――に俺は朝の挨拶をする。
ルーシーはニッコリ笑って、
「おはよう!」
と挨拶を返してくれた。そんなルーシーも今日はいつもよりフリフリ感の強い服を着ていた。
「じぃじのお家に行くんだって?」
俺が聞くと、ルーシーは勢いよく頷いた。
「〝お父さん〟は来ないの?」
そこでアンネが聞いてくる。俺は頭を掻き掻き答えた。
「いやぁ、どうも登城自体が苦手でなぁ」
親子ならぬ爺子水入らずなので気を使う必要はないと常々言われてはいるのだが、そこまでの厳粛さにどうも緊張してしまう。
なので俺はなるべくついていかないようになってしまっている。あまり良くないことなのだろうが。
「でも今日はどのみち加工に成功したことを依頼主に報告しないといけないんじゃない?」
「ああ、そっか、それはそうだ」
アンネが小さくため息をつきながら言った言葉に俺はポンと手を打った。作業に進捗があるか、無くても一定期間で報告にいくべきなのはそれはそうだ。
使者を出す手もなくはないが、進捗報告であれば依頼を受けた俺が行くべきだろう。
「よし、それじゃあさっさと準備していくか」
「とうちゃんもくるの!?」
俺がついてこないのでどうしたのかと思ったのだろう、戻ってきたクルルがぴょんと跳ねた。
「ああ。今日はとうちゃんも行く」
「おかめしして!?」
「おかめ……? ああ、そうだな、おめかししてだ」
皇帝陛下のおわす城へ行くのにいつもの鍛冶仕事の格好というわけにはいかない。あまり偉そうにならず、さりとて城にいるのに相応しいていどという微妙な塩梅のラインの服装になるわけだ。
幸いにして、その辺は詳しいアンネがいたことと、思っていたよりもラフな格好でも問題ないといわれたことだろうか。
マリウスのところで着せられた貴族服みたいなものだったら、かなり窮屈だったろうし。
それでも娘達にとっては父親がおめかししているのには変わりなく、いつもと違う父親が見られるので、これはこれで1つのエンターテイメントをなしていると言うわけだ。
俺の返事を聞いたクルルはルーシーと一緒に「おかめしおかめし」と歌いながら辺りを回っている。
この辺の天真爛漫さに〝じぃじ〟も絆されて毎回目尻を地に着かんばかりに下げているのだろうなと、俺も娘達の様子を微笑ましく見守る。
そこへ「早く準備しろ」と言外に伝えるアンネの咳払いが聞こえてきて、俺は慌てて〝じぃじ〟が怒り出さない程度の服装を身に纏うべく、準備をしに自分の部屋へと戻るのだった。
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休み休みかつ内容も短くなったりしつつ、今回で700話を迎えることが出来ました。
これもひとえに読者の皆様方のおかげと感謝申し上げます。
もちろん、エイゾウの物語はまだまだ続ける予定ですので、800話、1000話と応援のほどよろしくお願い申し上げます。
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