ブレード

 結局のところ、オリハルコンのナイフは研がないことにした。その最大の理由は「そんなことしなくても充分以上に切れるから」である。

 なぜ刃物を作るときに研いで刃付けするかと言えば、それは当然「よく切れるようにするため」で、研がずによく切れるなら研いで刃付けする必要はない。


 ただ、明らかに刃付けされていない状態で渡すのもどうかなと思うので、そう“見える”ようにはしておく。


「よっ」


 マリベルに加熱して貰ったオリハルコンを、俺は自分の鎚で叩く。この工程はリケの手を借りない。

 細かい作業なので、2人でやるとなると作業難易度の割にリターンが少なすぎるからだ。これはリケにやって貰う場合でも変わらない。

 であれば、どっちがやるのが良いかというだけの話で、それなら俺がやるのが筋だし、効率的にもそのほうが良かろうと、俺が担当することになった。


 リケは間近で一瞬たりとも見逃すまいと、目を見開くようにして見ている。あんまり凝視すると目に良くなさそうなので、適当なところで休憩するなり、切り上げるなりして欲しいところではある。


 確か鍛冶師は火を見続けるから目を悪くすることが多く、前の世界で鍛冶の神が単眼や隻眼であることが多いのはその辺りが由来なのだと、何かの本で読んだ記憶があるし、今更であっても身体は大事にして欲しいんだがな。


 とは言え、見せる以外に教える術をほぼ持たない俺がリケにしてやれることは他にない。

 もどかしいが、リケが自分で一番いいと思う方法で学ぶに任せることにした。


 オリハルコンが鍛冶場に涼やかな音を響かせる。「思ったよりも延びてしまう」なんてことがあれば、刃のラインがガタガタの不格好なものになってしまう。

 普通ならそうなっても何ら不思議はない。鋳物の合わせ目に出るバリのような状態になるだろう。

 俺の場合はあまり胸を張れはしないのだが、チートのおかげでそうならずに加工を進めることが出来る。


「今日の調子はどうだ?」

「ん? バッチリ!」


 温度が下がったオリハルコンのナイフを差し出しながらマリベルに聞いてみると、彼女はニッコリと笑う。


「こう、なんか……大変だけど楽しいから平気」

「疲れがひどいなとか思ったらすぐに言えよ?」

「わかった!」


 ドンと胸を叩くマリベル。彼女は再び気合いを入れてオリハルコンを加熱しはじめた。


「よし」


 昼食を挟んで最初の1回。そこで俺は手を止めた。手にはキラキラと輝くナイフ。

 状態を確認するべく掲げると、リケとマリベルの視線もそれにつれて上に移動する。


 一目には儀式用。しかし、縁に沿ってしっかりとした刃が備わり、切れ味の良さを見せつけるかのようである。

 いやまぁ、実際にかなり切れるんだが。


「素晴らしいですねぇ」


 ウットリとした表情でリケが言う。腕が上がってきたこともあって、忌憚のない感想を言うことも増えてきた彼女の感想であれば信用して良さそうだ。しかし、


持ち手ハンドルシースもこれに負けないようにしないとなぁ」


 ナイフの刀身ブレードがどんなに立派でも、他がそれに大きく見劣りするような状態ではよろしくあるまい。

 これに見合った持ち手と鞘が必要だ。だが、


「オリハルコンの刀身に見合う持ち手と鞘ってどんなだ……?」


 大きな山場は越えたが、まだまだ素直に完成を喜べなさそうな状況に、俺とリケ、そして(多分ただの真似っこだが)マリベルは腕を組み、首を捻った。




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