捧げ物

 結局この日はもう少し形を整えるところまでで終わった。なんとなく刃がついているようにも見えるが、成形でそうしただけで、研いだわけではない。


「でも綺麗ね」


 一応、刃に当たる部分には触れないように持ったディアナが言った。鍛冶場に差し込む西日を受けて、やや赤みがかっているが、虹色に輝いている。

 このまま額縁に入れてもそれなりに映えるような気がする。夜中でも灯りを反射して良い感じに光りそうだ。


「飾り物としても優秀なのはいいことだ」


 そして、なるべくなら使わんで欲しい。


「どう思う?」

「そうなると思うわよ」


 俺が聞いてみると、アンネは肩をすくめた。このナイフの素材であるオリハルコンの出所は帝国だ。

 山がちで鉱物が多く産出するらしい帝国と言えども、オリハルコンはホイホイ預けられるような素材ではない。

 そして、そんな貴重な素材で作られた贈りものである。まず間違いなく皇帝陛下――つまりアンネの父親――の元に届けられるだろう。


 そうなれば実用ではなく、例えば「王国と帝国の修好の証」などとして、然るべきところに飾られて、その誇示に使われるのではないかと思ったのだが、アンネの答えを聞くに、あまりズレた想像でもなかったようだ。

 とは言え、使おうと思えば使えるので、使われたときの想定はあって然るべきだとも思うが。


「お父様としては使いたくて仕方ないでしょうけどね」


 今度は大きくため息をつくアンネ。俺の脳裏には威厳がありつつも、どこか悪戯っ子のような部分を感じさせる、彼女の父親の顔が思い浮かぶ。


「1回だけでいいから使わせろと駄々をこねそうだな」

「でしょ」


 俺が苦笑しながら言うと、アンネは負けず劣らず渋い顔をしてから笑った。


 ともあれ、美術的な価値と政治的な意味の双方でそうそう持ち出されたりしないなら、俺の心配は限りなく杞憂に終わるということだ。

 それで終わってくれるなら、俺としては何よりである。


「それはそうとして」


 ディアナから返ってきたナイフを俺は眺めた。まだ作業は残っている。普段ならサビが浮いたりしないようにだけしておいて(翌日の作業に影響しないならそれもしない)、金床なり作業台なりの上に放置してまた明日なのだが、なんとなくそれも憚られるような気がする。


「どこに置いておくべきかな」


 置くべきところと言えば……。俺はぐるりと鍛冶場を見回した。


「あそこじゃねぇの?」


 サーミャがあるところを指さしながらそう言った。その先を見て、俺は頷く。


「なるほど」


 この鍛冶場の中で良い場所にあって目立ち、そしてアダマンタイトなど他の希少な鉱物もそこにあって、一緒に並ぶにも遜色はないだろう。

 なによりそこはこの家全体で最も神聖と言っていい場所である。お社“もどき”に女神像もあるからな。


 俺は神棚に作りかけのナイフをそっと置く。他の鉱物とかと相まって、これも捧げ物の1つのように見える。

 厳かさを増した神棚に向かって、誰ともなく柏手を打って手を合わせる。


「さて、片付けだ」


 パラパラと了解の声が返ってくる。ふと神棚をみると、オリハルコンはどことなくその輝きを増しているように見えるのだった。


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