相槌

  いつものように朝食を作り、家族揃って食卓を囲む。のどかな“いつも”の始まりだ。

 マリベルは食事をしなくても身体の維持には影響しないのだが、とりあえず皆と一緒に食卓について食事をする、ということ自体が嬉しいようなので、皆で(特にディアナが)彼女の食事の様子を微笑ましく見守っている。

 行儀のほうはちゃんと身につけるところまでいっていないのだが、先は長いはずなのだし、追々できるようになればいいだろう。

 フォークを使ってガツガツと食べるマリベルを見て、ディアナが言った。


「そろそろお料理も覚えていこうかしら」

「ああ、良いかもな」


 今のところ「エイゾウが作るのが一番うまいから」というサーミャの一言で俺が食事を作っているが、俺も常に厨房に立てるわけではない。

 幸いこの1年で大きく体調を崩したことはないが、気をつけていてもそれがいつ起こるかは分からないのだし。


 前に魔物討伐遠征隊に従軍したときは主にリケがやってくれたが、リケもいつでも厨房に立てるという保証はないのだ。

 いざという時を考えて、お互いに家事をカバーしあえるようにしておくのは悪い考えではない。俺がそう言うと、ディアナは少し考えた後に言った。


「じゃあ、教えてくれる?」

「もちろん。俺で教えられることなら教えるよ」

「ありがとう」

 ディアナがニッコリと笑ってそう言うと、ヘレンが手を挙げた。

「アタイも!」

「ええ、お前はちょっとできるだろ?」


 ヘレンは傭兵である。単独で仕事をすることもあれば、集団で仕事をすることもある。

 そのどちらもで必要なことは料理だ。まぁ、単独の場合はほぼ調理のいらないようなものでいいだろうし、集団でも凝ったものを作るような余裕はないだろうが、それでも人の手を加えて食事として食べるのとそうでないのとでは気分が大きく違ってくる。

 なので、料理も一通りは出来るようになっているはずだ。俺が指摘すると、ヘレンは口を尖らせた。


「もうちょっと上手くなってたほうがいいだろ」

「まぁ、上達するに越したことはないが」

「じゃあいいだろ」

「わかった、わかった」

「よっしゃ」


 小さくガッツポーズを決めるヘレン。俺はそんな彼女に苦笑いを浮かべながら、他の家族に目を向けた。


「それで、みんなはどうする?」

「私もやります」

「私も」

「それじゃあ私も!」

「え、じゃ、じゃあアタシも」


 リディ、アンネ、リケ、サーミャ。皆も手を挙げた。


「それじゃあ全員か」


 何人かはやらないかと思ったが、そうではなかったらしい。


「じゃあ、明日は朝からやるとするかね」

「はい」「はーい」


 全員が声を上げる。当面はオリハルコンにかかる。今、食事の準備を含めた“いつも”の家事や作業なんかをするのは、そうしてルーチンをこなすことで気分転換にもなっているのもあるし、これが落ち着いたら早々にでも始めるとするか。


「さてと、それじゃあ予定の確認をするか」


 こうしてのんびりと過ごす時間も悪くないが、今から仕事である。予定の確認を済ませてしまおう。


「今日は俺とリケでオリハルコン……」

「いいんですか!?」


 リケが勢い込んで言った。俺はその勢いに気圧されるように頷く。


「ああ、昨日打ってみた感触だが、あれはどうも冷えるのが早いし、折角だから経験しておいたほうが良い」


 連続して2回軽く打ってみただけではあるが、2回目は思ったよりも少し硬い感触があった。それはつまり、その2回の間にかなり温度が下がったことを意味する、と感覚とチートが教えてくれていた。

 幸いリケも魔力の篭め方は上達しているし、今回は誰使うとも知らないものでもある。それに、オリハルコンのような素材は滅多に手に入るものではない。


 俺は普段、彼女には俺を見て学べと言っている。叩いた感触などは見ているだけでは学習するのが難しいし、貴重な資材だ、次はいつ手に入るのかは分からない。

 であればこの機会を逃す手はないだろう、と思ったのだ。


「と言うわけで、リケには色々やって貰うことになると思う」

「はい! よろしくお願いします!」


 リケは元気よく返事をした。目を輝かせる彼女に、家族の皆も思わず笑みがこぼれる。


「さてさて、それじゃあ他の皆は……」


 俺は森に出かけるというサーミャ達の予定を確認しつつ、リケにしてもらう作業について頭の中で段取りを始めるのだった。


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