森と獣と人と
日が昇り、幾分明るさを持った“黒の森”を俺たちは足早に進んでいく。ルーシーもみんなの様子からある程度事情を察したのだろうか、あまりはしゃいだりすることなく、先頭を行くサーミャのすぐ後ろをついていっている。
俺は急ぎながらもなるべく腕の中に衝撃が伝わらないよう、そして温もりが消えないように祈りながら歩を進める。
俺の後ろにはヘレンがいた。誰来ることのない“黒の森”ではあるし、まだ肌寒いので獣たちもそうそう出歩いてはいないと思うが、全くいないわけではない。
結構な早さで進んでいてもしっかり警戒できるのはヘレンとサーミャくらいだ。俺も2人に比べれば大分落ちる。
サーミャは先頭を進んでくれているから、ヘレンが後ろを見てくれているのは非常にありがたい。
色々探しながら進むのと、真っ直ぐ迷い無く進んでいくのとでは速度が段違いだ。程なく家に帰り着くことが出来た。
帰ってきた家族は皆テキパキと準備を始めた。居間の片隅に寝床を設え、湯を沸かし、解熱の薬草を煎じる。
俺が何も言わない間にそれらが進んでいく。鍛冶のほうでも何言わずとも連携出来ているようだし、こういうときにもそれが発揮されているみたいだ。
俺は事態を忘れて少し嬉しい気分になったが、頭を振ってそれを追い出す。
暫定狸はずっと大人しくしている。正しくは大人しくしているというより、あまり身体を動かしたりしたくないってことだろうけど。
「そうそう、ゆっくりゆっくり。良い子ですね」
出来上がった簡易の寝床に狸を横たえてやると、程なくして調合された解熱の薬をリディが持ってきて、狸の口元に差し出した。差し出された匙の中が少しずつ減っていき、やがて無くなった。
”黒の森”産の薬草ではあるが、流石に小半時で体調が回復するわけもない。それでも心なしか呼吸が穏やかになってきているようにも見える。
定期的に薬を与えつつ、交代しながら様子を見るというのがひとまずの方針と言うことになった。最初は俺がそれを買って出る。この子から病気がうつるとしたら、接触時間の長い俺から発症するだろうし。
スヤスヤと寝息が聞こえてきそうな狸を眺める。
今回はたまたま俺達が――というかルーシーが――この子を見つけて、うちでなんとか出来るかも知れないから、こうやってうちに連れ帰ることができたが、いつもそうできるとは限らないし、片っ端から保護していくわけにもいかない。熊だろうが虎だろうが保護していたら、前の世界にいた北海道の動物一家みたいになっていってしまう。
それはそれでのんびりした暮らしを送れるのかも知れないが、俺が目指している方向ではない。そっちの方のチートは貰ってないしな。
どこかで、この森に暮らす人間としてどの辺を落とし所にするかは考えていく必要がありそうに思う。
思うのだが、いざ目の前にしたときにどうしてしまうかは、今目の前で少しずつ呼吸が整いつつあるこの狸を見ると自明な気もしてくるな。
そっと狸を撫でてやる。幾分呼吸が整い、抱きかかえていたときのあの熱さも落ち着きつつあるように思う。
さて、この子が元気になったらどうしようかな。また皆と相談しないとな。
眠る顔を見てやってくる睡魔と少しばかり格闘しながら、俺はそんなことを考えるのだった。
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