真贋
アラシの脚にはいつもなら手紙や新聞を入れた筒だけが括り付けられている。だが、今日はその他にもう一つ大きめの包みもついていたらしい。
そこそこの大きさだったため、アラシが来てすぐにディアナが外してやったのだそうだ。
今、俺の目の前に差し出されているのがそれだ。引き取って手に持ってみるとそこそこ重い。
これはもし鳥に運ばせようと思えば、大型の猛禽類に託すしかないように思える。
それを平気で運んでこられるのは、アラシが竜であることの証明、ってことでもあるだろうな。
「よく頑張ったな」
俺が頭を撫でてやると、アラシはキュウキュウと鳴いた。喜んでくれているのだろうか。すぐにハヤテとじゃれ合いを始めたので、どうだったのかはよく分からずじまいになってしまった。
「さてさて」
俺はその少し重い何かを包んでいる布を取っていく。不穏ではあるが、どこかしらプレゼントのような感じもあって、皆が少しワクワクしているのが伝わってくる。
そして布を取り払ったあと、中から現れたのは小ぶりのナイフだ。
「これは……」
ナイフが現れたとき、一番目を輝かせていたリケが絶句する。いや、俺も負けず劣らずだったかも知れない。
姿を現したナイフの形状には見覚えがある。それもそのはず、何度も見たことのある形だからだ。
ナイフはうちの工房の形状ソックリそのままだったのだ。
「はぁ、これは……」
アンネがナイフをためつすがめつしている。今はテラスに明かりを持ち込んで、そこでナイフの品評会だ。アンネがナイフを動かすたびに、キラリと明かりを反射する。
やがてアンネはナイフをテーブルに置くと、ため息を吐きながら言った。
「うーん、違うのは分かるけど、何がどうと言われると難しいわね。エイゾウの作ったほうが遙かに綺麗なのは分かるけど」
「形はそっくりだからなぁ」
俺は見えない天を仰ぐ。木製の天井。俺達家族で作り上げたものだ。ナイフだって俺一人だけのものではない。板金を作ってくれたりした、家族の協力あっての部分も少なからずある。
「出来はどうなの?」
と、ディアナが言った。性能的にうちのを脅かすようなものかどうか、と言うことだろう。そんなものが出回ったら、商売あがったりだからな。
俺はテーブルの上で鈍く明かりを反射しているナイフをチラリと見て言った。
「まぁ、うちの“高級モデル”には及ばないな。“一般モデル”だとどうかな。たまには良い勝負するかも知れん。うちが圧勝するとは思う」
それを聞いて、ディアナはホッとため息をついた。
鑑定は勿論チートである。見たところ、叩いた後のばらつきがかなり目立つ。そもそも形状はそっくりだが、あちこちに粗が残っていることが簡単に見て取れるのだ。
「カミロさんからの手紙もそのナイフについてですね」
静かな、しかし明らかな怒気をはらんだ声でリディが言った。彼女が広げている手紙を横からヘレンが覗き込む。
「都の市で見つけた……か。まさか」
「いやぁ、それは無いと思うぞ」
「だよな」
俺が否定したのは「これを作ったのがカレン」という話だ。彼女は今都にいる。そして、うちのナイフを知っている。猫の刻印に至るまでだ。
その猫の刻印もしっかりこのナイフに入っていた。最初に見つけたのはサーミャだったが。
さらには鍛冶の修行をしているのだ。このナイフを作る事が出来る容疑者を挙げろと言われて真っ先に思い浮かべてしまうのも無理はない。
だが、彼女にはそうするメリットがない。すぐに自分だとバレてしまうような事をして、今後俺達の協力を得られなかったら、今まで都にいた意味が無い。彼女の伯父が帰国するときに一緒に帰っていたほうがまだ良いだろう。
そう思いたい、というのも否定できないところではあるのだが。
「どうもちょくちょく出回っているらしいですね。それで確認するのに現物を入手して送ったのだと」
「俺達がよそにも回しはじめた可能性があるからな」
カミロのところには品を卸す約束をしている。だがそれは専属契約的な制限のある約束ではない。となれば、うちとしては良い条件があればそこにも品を回すことは可能だ。
それはカミロの側から見たエイゾウ工房も然りだが。カミロがどこから何を仕入れようとも、うちから仕入れている限りは文句を言われる筋合いはないのだ。
「偽物かぁ……」
商標や意匠を登録して保護する、という概念はまだこの世界にはない。貴族のエンブレムを勝手に使えば下手すりゃ極刑だが、それとはまた意味合いが違うしな。
「で、結局なんなんだ、このナイフは?」
テラスの手すりに腰掛けて、脚をぶらぶらさせているサーミャが言った。俺は苦笑しながら返す。
「これが具体的にどういうものか、と言うのは分からん」
サーミャが小さくフンと鼻を鳴らす。俺はそのまま言葉を続ける。
「だが、これが誰か――あるいは誰かたち――によるエイゾウ工房への攻撃だろうってことは、多分そうズレてないと思う」
俺がそう言うと、皆が俺のほうに顔を向けた。その顔は、これからについてとことんやってやろうという意志に満ち始めている。俺にはそんな風に見えるのだった。
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