かわいい子には旅をさせよ

「ボク、行ってくるよ」


 マリベルは言った。小さいがその顔にはちゃんとした決意が漲っている。ただの子供のように扱っていたのが少し恥ずかしくなるくらいにしっかりした決意。

 ある程度は“前世”のことが継承されると言うこともあるだろうが、それだけではないように思える。


「それでみんなの役に立てるなら、ボクはその方がいい」

「わかった。ありがとう」


 すまない、とは言わなかった。それを言ってしまうと彼女が大事にしたものをないがしろにすることになると思ったからだ。


「それじゃ、このあとすぐ行きましょうか」

「え? そうなんですか?」


 リュイサさんの言葉に応えつつ、俺は僅かばかり息を呑んだ。辺りがしんと静まりかえる。


「ええ。色々あってね。早い方が良いのよ」

「そうですか……」


 随分と急な話だ。送別会のようなものをしてやろうかと考えていたのだが。

 いや、ものは考えようか。ほんのしばらく、例えば修学旅行か何かに出かけるたびに送別会をするなんて話は聞いたことがない。いずれ帰ってくることはリュイサさんも保証してくれたのだし、それを信じて今は行ってらっしゃいだけを言うことにしよう。

 そう思い、俺は少し乱暴にマリベルの頭を撫でる。すると、横から手が延びてきて、マリベルを抱きしめた。ディアナだ。多分、ディアナは「行かなくてもいい」と言いたいだろうな。少なくとも「今じゃなくてもいい」とは。

 一緒に過ごした時間はいくらにもならないし、マリベルに決断をぶん投げてしまったのは俺だが、ディアナがどれくらいの思いを持っているかはそれとは関係ない。


 ディアナ以外の皆も同じだ。手を握ったり、俺よりも乱暴に頭を撫でたり。涙こそ浮かべていないが、末っ子とのしばしの別れを惜しんでいる。

 俺たちがそうしているので察したのか、クルルとルーシー、ハヤテも寄ってきた。ディアナが抱いていたマリベルをまだ雪の残る地面に下ろしてやると、3人ともペロペロやりだした。


「みんな、くすぐったいよ」


 マリベルはそう言ってはしゃいでいる。それを聞いて、クルルが笑うように鳴き、それにつられて、皆から笑い声が起きた。雪の冷たさが足下を容赦なく冷やしているが、そんなものは気にならないくらい俺達は笑顔に包まれている。

 俺達の誰かが、長く離れることがこの先あるだろう。送別会はその時にとっておこう。笑いながら俺はそう思った。


「なるべく早く帰ってこられるようにはするから」


 リュイサさんはマリベルの肩に手を置いてそう言った。マリベルは胸を張っている。それが空元気なのかまでは俺には分からない。だが、今は空元気だったとしても、すぐに本当の元気になってくれるはずだ。


「ああ、そうそう。行く前に聞いとかなきゃな」

「?」


 俺が言うと、マリベルは小首を傾げた。


「帰ってきたら、何が食べたい? なんでもいいぞ」

「え、なんでもいいの!?」


 マリベルは目を輝かせる。こういうところは見た目そのものと言うかなんと言うか、だ。

 マリベルは腕を組んでうーんうーんとうなり始めた。「好きなものをなんでもリクエストして良い」と言われて困るのは昼飯時のオッさんも、炎の精霊も変わらないらしい。


「あ、細かくした肉を焼いたってやつ食べたい!」

「ハンバーグか」

「そうそれ!」


 俺がチラッとサーミャに視線を送ると、サーミャは頷いた。保存してある肉で事足りそうだ。


「わかった、任せとけ」


 俺はドンと自分の胸を叩く。マリベルがやったー! と両手を挙げて喜んだ。


「それじゃあね」

「行ってきます!」


 マリベルは大きな声で出発を告げる。俺達はもちろん、雪よ溶けよと言わんばかりに大きな声で言った。


『行ってらっしゃい!』

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