戦の支度
「いやぁ、寒いな!」
いつもより少し時間をかけて水汲みから戻ってきた俺は、足を包んでいた布ごと靴を脱いで、家族の誰かが火をつけてくれていたストーブに足をかざす。
じんわりとストーブの熱が俺の足を溶かしていく。温めるのもあるが、濡れてもいるし、キッチリ乾かしておかないとな。
季節的には多少平気だろうが、あまり白癬菌たちの繁殖を許したくはないものである。俺の足に諸君らの安住の地はないのだと知らしめる必要がありそうだ。
……リディに魔法か薬草か、効きそうなものを早いうちに聞いといたほうがいいかな。
ストーブの熱によって部屋の中は暖かさを保っている。頼めばマリベルも暖房として働いてくれるのだろうが、ここではそれは無しだ。
リケに髪を梳かしてもらっているアンネがぽわぽわとしているが、あれは部屋の暖かさとは関係ない、いつも通りの光景だ。
リケも元々自分の妹たちのをやってあげていたこともあるが、毎朝のことなのですっかり手慣れて素早く髪を結っている。
その横では一通り用意を終えたヘレンがサーミャと一緒にストレッチをしていて、ディアナは自分の髪を梳かしながら、マリベルの足を拭いてやっているリディとおしゃべりをしている。
絵に描いたような平和な朝のひとときが流れていた。いつもはすぐに台所へ行ってしまうので、俺があまり見ることのない光景だが、たまにはこうやって眺める日を作るのも良いかもなぁ。
ひとしきり温まり足も乾いたので、ストーブにかけてある加湿器代わりの鍋に水を足して、俺は朝食の準備をしに、台所へと向かった。
「ああ、外に出たのか」
「おう」
朝食の時に、雪の話題になった。俺の言葉に返事をしたのはサーミャである。
外の様子がいつもと大きく違うことは、起きれば気がついただろう。雪が積もるとやたらに静かだし。たぶん雪が吸音材のような役目を果たすからだと思うが。
それで家の中から外を覗けば、風景が一変していることはまさに一目瞭然だ。
なので、あまり雪に慣れていないというみんなは外に出ずに家に籠もっていたのかと思ったが、サーミャとリケ、それにヘレンは少しだけ外に出たらしい。
ディアナとリディは寒いのがあまり得意でないから、アンネは単に朝が弱いから出なかったそうである。
「アタシははじめてじゃないけど、楽しいな」
「でも、寒いし朝の用意もあるからすぐ戻ったんだよね」
サーミャが言って、リケが補足する。女性陣の朝はあれこれやることがある。普段からして誰来ることもない“黒の森”、ましてや積雪を乗り越えてまでとなると皆無どころか絶無と言っていいだろう家で準備とは、と思う部分もオッさんなので正直なところあるが、どう考えても言わぬが花である。
「アタイはもうちょっといても良かった」
そう言って、なぜかふんぞり返るヘレン。ふむ。
「今日は休みにしようと思っていたんだが、この雪じゃあ遠くまで行くのも難しそうだな」
「ずっと家にいる?」
スープを一口飲んだディアナがそう聞いた。俺は少し考えてから、首を横に振る。
「いや、折角の機会だ。もう雪は降り止んでるから、このままだと今日にも溶けちゃうだろうし、娘たちと一緒に楽しもうじゃないか。寒いけどな」
俺が言うと、サーミャが勢い込んで聞いてきた。
「楽しむって何やるんだ?」
サーミャの目は期待に輝いている。これは期待に応えねばなるまい。彼女を含めて我が家は活発な子が多い。となれば……。
俺は皆を見回して言った。
「雪合戦をしよう」
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