たまにはのんびりと
昼食も終えて午後。とは言っても、元々昼食が遅めだったこともあって、今から鍛冶場に火を入れて作業をするには中途半端な時間だ。
もちろん、ちょっと遠出するのも厳しいだろう。出来て周辺の散歩くらいか。
そんなわけで、今日の午後は好きなことをする、つまりは休みと言うことにした。午後休……懐かしい響きだ。
家のことをしていたとは言っても、なんだかんだで働く時間が多かったし、それに比例させて、のんびりする時間を増やすのは悪い話ではないだろう。
「さて、何をするかな」
家の片付け……とも思ったが、実はちょいちょい片付けているので、やることもないんだよな。
そもそも家には物があまりない。ここでの生活に必要な物品がそう多くはないからだ。生きていくだけなら、今日今からここを放棄してもなんとかなりそうなくらいの物しかない。
まぁ、鍛冶屋としてやっていくなら、ここから着の身着のままで飛び出すのは大きな痛手になるから、それは遠慮しておきたいところだが。魔法の火床や炉はおいそれと手に入るものではないだろうしなぁ。
娘たちの相手はサーミャにディアナとアンネが張り切って出て行ったので、彼女達に任せよう。俺も加わって問題は無いと思うが、毎朝一緒に水汲みに行ってるからな。チャンスのあるときはなるべく他の家族に任せたい。
リケとリディは畑の手入れをしにいくそうである。そっちもすっかり任せっきりなので、たまには手伝おうかなと思っていると、服の裾を引かれた。
こういうとき、大抵一緒に出て行くヘレンが珍しく残っている。
「どうした? 何かあるならなんでも言ってくれていいぞ。知っての通り暇だからな」
「いや、うん。剣の調子を見て欲しくてよ」
「ああ」
アポイタカラ――青く光る特殊な鉱石――を鋼でサンドイッチした構造の彼女のショートソード二振りは、俺がチート全開で作ったこともあって、そうめったに傷むものではない。
だが、それは全くノーダメージのままかと言えばそうではない。振るえば多少の歪みなどは避けられない。とんとその機会も遠のいてはいるが、狩りやなんかの際には出番が回ってくることもあるのだと言う。
「聞いてる限りなら火を入れるまでもなさそうだし、いいぞ」
「やった!」
多少の歪みを鎚で叩いてとるくらいなら、火床に火を入れずとも出来る作業だ。夕食の準備(ヘレンは夕方の剣の稽古)までの時間を過ごすにはちょうど良かろう。
俺は思いの外はしゃいでいるヘレンに、ショートソードを持ってくるよう言ってから、鍛冶場への扉を開ける。カランコロンと鳴子が鳴る音が、なんだか少し機嫌良さそうに聞こえた。
「どれどれ……」
俺はヘレンから手渡されたショートソードを眺める。勿論チートを使いながらだ。自分でも手入れはしているのだろう、鋼の部分の輝きが曇っていることはなく。柄の握り革は巻き直した跡があった。
聞いていた使用頻度からすると、握り革の痛みが早いような気もするのだが……。
「ん? ああ、そりゃそっちで訓練することもあるし」
そこを指摘すると、ヘレンからはそう返ってきた。何かに斬りつけたりすることはなくとも、振るうだけをすることは結構あると言うことか。
「俺で巻き直せるけど、どうする?」
「いや、いいよ。アタイに馴染んでるし」
「わかった」
こういうところは下手に俺が手を出すよりも、慣れている本人が馴染む方法でやるのが一番だ、と俺は思っている。
これが例え剣の研ぎでも俺はそう思うだろう。俺のほうが精度良く、切れ味も良いとしても、本人にとって使いにくければ、そんなことは些末なことでしかない。
そしてその刃の部分は特に欠けたりということはなかった。アポイタカラの特性なのだろう。ただ若干鈍っているように見えるので、研いでやる必要がありそうだ。
あとは全体がほんの僅かばかり歪んでいるくらいだ。これなら、ちょっと調整してやれば大丈夫だろう。
「どうだ?」
「これくらいなら、すぐ直るよ」
僅かだけ心配の色をにじませてヘレンが聞いてきたので、俺は正直な見解を答えた。
ヘレンはホッと胸をなで下ろす。
「万が一ヤバかったらどうしようかと思ったぜ」
「その時はまた俺が打つだけだよ」
「いいのか?」
「ちょうど試したい鉱物もあるしな」
「ちぇっ。アタイのはついでかよ」
ヘレンがわざとらしくむくれる。俺は苦笑しながら、
「折角貴重な鉱石を使うんだ、一端以上の使い手の手に渡らんとな」
「わかってるじゃないか」
「だろ」
俺とヘレンはそれで向かい合って笑う。さてさて、当代随一の強者の愛剣だ。キッチリ新品同様にして返して差し上げるとしますかね。
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