“公爵派”

 商談室を辞して、俺たちは裏庭に戻る。すると、うちの娘たちと丁稚さんの4人はパタパタと走り回っていた。いや、ハヤテは飛び回っていたが。他の店員さんも相変わらず微笑ましげに見守っている。

 しばらくはこの光景も見られないと思うと、自分で決めたこととは言え、若干の後悔のようなものも感じるな。


「あっ」


 出てきた俺たちに気がついた丁稚さんは駆け寄ってきた。どうやらかなり走り回っていたようで、吐く息の白さがそれを物語っていた。

 後ろから慌てたようについてきた娘達も、負けず劣らず白い息を吐いていて、更に裏付けている。

 その原因について、丁稚さんは短く白い息を吐きながら言った。


「ルーシーちゃん、速くなりましたねぇ」

「そうか?」

「ええ、とっても。身体も大きくなってきましたし」


 丁稚さんはニッコリと笑う。そういう彼もどことなし、子供っぽさが抜けてきているような。いや、人間の成長はさすがにそこまで早くはないか。

 俺は彼の頭を撫でて、お守り代とお小遣いとして貨幣を1枚渡す。丁稚さんはペコリと頭を下げる。


「ありがとうございます!」

「こちらこそ、いつもありがとう」


 丁稚さんは、竜車が離れるまで勢いよく手を振り、それを荷車の後ろから見ていたルーシーの尻尾も勢いよく振られている。

 それを発見したディアナの声にならない歓声と同時に、久方ぶりに俺の肩のHPは減っていった。


「どう思う?」


 荷物を満載したクルルの牽く竜車が街を出て(ルーシーが衛兵さんに愛想良くして和ませていた)、俺は皆に言った。


「あの男の子?」

「いやいや……」


 ディアナが言って、俺は苦笑する。丁稚さんは良い子である、というのは間違いなかろう。わざわざ聞くまでもない。

 もし、あれでとんでもない裏があったら、俺はしばらく人間不信に陥ることうけあいである。


「“公爵派”の話?」

「うん。そう言うのには疎いからなぁ」

「そうねぇ……」


 話はアンネが引き取った。一応北方出身の家名持ち、と言うことになっている俺ではあるが、実際にはそんなことはまったくないわけで、政治というか宮廷的なあれこれはピンと来ない部分が多い。

 その辺りは専門家……と言うにもいささか豪華すぎるようには思うが、ディアナやアンネに任せるに限る。


「カミロさんの見立ては正しいと思うわよ。“公爵派”としてもこれ以上“主流派”の勢力を伸ばすわけにはいかないでしょうしね」


 なんせ“主流派”とまで言われている派閥だ。今でも勢力として大きいだろうに、それ以上伸びられてもな。

 しかし、だ。


「北方の一団の話がカミロにちゃんと伝わると勢力が伸びるのか?」

「エイゾウってその辺り無自覚ね。そう言うのもあって北方を離れたのかも知れないけれど」


 アンネは大きく溜息を吐く。ガタゴトと結構な音を立てている荷車の音を乗り越えてくるような大きさだ。


「周りにいる人達を見てみなさいよ」


 言われた言葉そのままに、俺はぐるりと頭を巡らせる。途中目が合ってルーシーの頭を撫でたりしたが、アンネの言わんとするところはなんとなく分かったような気がする。


「ここにいる人達だけでも、“黒の森”の獣人、ドワーフ、伯爵家令嬢にエルフ、腕っこきの傭兵とそして帝国皇女」


 アンネは指を折っていく。挙げられたサーミャ達が一瞬怪訝な顔をした。


「ここにいない人だと、“主流派”の筆頭といっていい侯爵に伯爵、気鋭の商人。王国付きの文官。それに市井にも知人友人が沢山」


 指を全部折ると、アンネはパッと手を開いた。俺の脳裏には今挙げた人々の顔がよぎる。


「全容は把握はされてないでしょうけど、魔族からも依頼があったって聞いたし、“黒の森”の主リュイサさんに妖精族の人達もいるわけでしょ」

「そうだな」

「何をどうするかはさておいて、それら全てに繋がりがあるのが貴方よ、エイゾウ」


 アンネはそう言うと、表情をキリッと引き締めた。


「もしあそこでカミロさんに情報が伝われば、ちゃんと正面から説明したほうがいいってことになって、話が綺麗にまとまったかも知れない。そうなれば、今挙げた人達の他に北方への繋がりをも持つことになる」


 そこまで言って、クスッと笑うアンネ。


「ま、そこの妨害は半分以上失敗してるけどね」

「カレンさんが都に残ってるからか」


 アンネは頷いた。


「繋がりとしてはまだ維持されちゃってるからね。本当は破局を狙いたかったところを、伯爵が奔走した結果、逆に妨害した形でしょうね。もっと強力な繋がりのはずが弱まってはいるでしょうけど」

「ふーむ。俺はただの鍛冶屋だから、そんな影響力を発揮しようとは思わないけどなぁ……」

「でしょうね。“主流派”の人達もそうは思っているはず。でもそれは“公爵派”には分からないし、直接説明したところで信じないでしょうからね」


 アンネは遠くを見やった。警戒なのか、それともその他の何かか。


「ちょっと気をつけておく必要があるかも知れないわね」


 車上の全員がハッとした顔になる。俺の背中に走った寒気が、今吹き付けた寒風によるものか、はたまた別のものなのか、俺には判別がつかなかった。

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