残りの報酬

 温かいお湯の湧く水脈、つまりは温泉である。俺はおぉ、と思ったが、家族の皆はいまいちピンと来るものがないらしく、キョトンとしていた。俺は元日本人として大変に喜ばしいのだが。

 リケも実家近くに温泉があったと言っていたが、しょっちゅう行くものでもないので実感がないのだろう。俺が「冬くらいにはできればいいな」くらいのつもりでいたので、あまり熱心に普及活動に励んでいなかったせいもある。


「あ、あれ?」


 思いの外、反応が薄かったことにリュイサさんが困惑した。場が急に静まり返る。どうしたもんかな。


「それがあると嬉しいのか?」


 助け舟はサーミャから出た。俺は大きく頷いて肯定する。


「冬の寒い時期に温まるのはもちろんだが、この暑い時期でも湯に身体を浸けて汗を流すのは気持ちいいぞ」

「北方の風習か」

「いや……まぁ、そんなようなものかな」


 もちろん、この世界にも入浴の概念が皆無なわけではない。だが、貴重な燃料を使って大量の湯を沸かして浸かり身体を清めると言う行為が、上流階級はともかく庶民の間で日常的にできるかと言うと無理なので普及はしていない。


「ありがたく頂戴します」

「喜んでもらえるようでよかった」


 リュイサさんがほっと胸をなでおろす。俺としては大変ありがたいのは事実だ。温泉堀りと湯殿の建築が待っているのが何だが。


「それで、最後はお腹の膨れる話……と言っていいのかしらね」

「おっ」


 思わず声を上げたのはヘレンだ。ここまでの報酬については、傭兵としてはあまりうまみのあるものではない。“黒の守り人”が案外役に立つのではと思うのだけどなぁ。

 だが、直接的な報酬があるとなれば別だろう。ガメついというよりは、単に成果に見合う報酬を、ということだろう。実務的とも言えるかも知れない。


「金貨……は流石に用意できなかったから、いくつか宝石を渡すわね」


 そう言って俺の前に差し出されたリュイサさんの手のひらに、赤や青、あるいは緑の宝石が数個現れた。

 なんかもっと概念的なものか、あるいは貴重な金属でもくれるのかと思っていたので、ある意味では拍子抜けだが報酬に貨幣かそれに替えられるものを用意するのは当たり前と言われればそうである。


「“森の主”で“大地の竜”といえども、私はそのごく一部だから、今用意できるのはこんなものだけどね」


 そう言ってウィンクをするリュイサさん。詳しい価値はカミロのところへ持っていって鑑定してもらわないといけないだろうが、結構な価値になるんじゃなかろうか、これ。

 腹の膨れない報酬(それにプラスして居住権の認定)もあるし、辞退しようかとも考えたが、背後からくるプレッシャーに負け、


「では、こちらもありがたく頂戴いたします」


 と、俺は推しいただくようにそれを受け取った。受け取った宝石類をすぐに後ろにいたディアナに渡す。横からアンネが少し覗き込んで、目を輝かせていたので、ざっとした価値は後でアンネに聞けば分かるかも知れない。


「それじゃ、みんな疲れてるでしょうし、今日のところは帰って休むといいわ。水脈の位置については後日、ジゼルちゃんか誰かをやるわね」

「ええ。今日明日必要なものでもないですし」


 リュイサさんの言葉に俺は頷いた。地図かなにかでも良かったし、口頭で伝えてくれても良いと思うのだが、詳しい場所を知らせるのにそれでは何か不都合があるのだろう、と俺は思うことにした。


「今回は本当にありがとう」


 リュイサさんが手を差し出す。俺はその差し出された手を掴み、握手をした。何度目かの拍手が起こる。


 その時、リュイサさんは拍手に紛れて、俺にだけ聞こえるような声で言った。いや、言ったというのは語弊があるかも知れない。彼女は口を動かさなかったからだ。しかし、


「ちょっとお話があるから、また今晩ね」


 その言葉はハッキリと俺に届いたのだった。

====================================================

コミック第1巻が発売となりました! 各書店様にてご確認いただけると幸いです。

書店様によっては特典もついてきますので、ぜひお求めください!!

詳細は公式サイトまたは各書店様のサイトにてご確認ください。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る