第10章  “黒の森”の主編

いつも通りに

 マリウスの結婚式から戻ってきた俺たちは、翌日からいつも通りの生活に戻った。

 少しだけ違うのは神棚に奉ってあるヒヒイロカネの隣にアダマンタイトも鎮座していることだ。これは帰ってきて真っ先にここに置いた。

 なので、朝に神棚を拝んだときにもそこにあるわけである。


「あれはいつ加工するんだ?」


 二礼二拍手一礼の最後の礼を終えた後、サーミャが聞いてきた。


「どっちの話だ?」

「どっちもだよ」

「そうだなぁ……」


 俺は顎を手でさすりながら考え込む。


「とりあえず、しばらくはないな」


 その言葉でがっくりと肩を落としたのはサーミャではなくリケだ。


「適切な加工法を探る必要がありそうだからな。普通の鋼のように鍛えてもそれなりに加工は出来るんだろうとは思うけど」


 どっちもメギスチウムと違って柔らかいわけでもないから、性質は金属に近いものだと思う。それならば普通に加工はできる……はずだが、確証はない。

 チートを使えば一発で解決……とはいかない可能性があるのはメギスチウムの時に経験済みである。

 それに、俺にはもう一つ理由があった。


「あとは魔宝石を固定化する方法も探りたいしなぁ」


 妖精さん達の病気には魔宝石が欠かせない。だが、うちで製作できる魔宝石は安定していないのか、しばらく経つと文字通り雲散霧消してしまうのである。

 もしずっと維持できる魔宝石が製作出来れば、薬として妖精さん達に提供すれば、理由はともあれ俺がいなくなっても病気の治療ができる。なるべくなら妖精さん達にももっと気軽に暮らして欲しいものだし、それを考えれば優先したいのはこれだ。

 ただし、問題は魔宝石には宝石としての価値があり、それもそんなに安いものではないということだが。言うなれば無から宝石を生み出す技術である。

 方法を見つけてそれが他の皆にも出来るようになったとしても、製法は門外不出だなぁ。それだと100年後くらいには失伝してそうだが、それも致し方あるまいと思う程度には危険だ。

 そんなようなことを言うと、アンネがうんうんと頷いた。


「私は喉から手が出るほど欲しいけど、もし私が手に入れて国に帰ったとしたら、私はその後一生日の光を浴びることはないでしょうね」

「だろうな」


 無から無限に金を生む機械を入手したら、誰だって大事に大事にしまっておくだろう。それはもう仕方のない話だ。俺だって自分が偉い人の立場だったらそうする。となれば門外不出も失伝も致し方あるまい。

 というか、おそらくこの世界でこれまでに魔宝石の生産に成功したものが皆無であるとは思いにくい。つまりはもう既に失伝しているのでなかろうかと俺は推測している。

 こうして生まれたり失くなったりしてる技術っていっぱいあるんだろうな。前の世界ではどうだったんだろうか。今更だが少し興味が出てきた。もう調べる術は全く無いけどな。


「そんなわけでしばらくはいつもどおりだ」


 俺がそう言うと、リケも含めて皆から了解の声が返ってきた。なんだかんだでいつもののんびりとした(とは言ってもキッチリ仕上げるが)仕事も嫌いではないのだろう。俺はのんびりと炉と火床に魔法で火を入れた。


 俺が魔法でやっているのはあくまで着火と送風だけなので、火を入れてもしばらくは温度が上がってこない。火床の様子はリケが、炉の様子はサーミャが見ていてそれぞれ適宜炭を投入している。“親方”はどっしりと後ろで見ていろということだろうか。

 特注品のときは火床を整えるのは俺の仕事だが、今日はさっき宣言したとおり普通のだから、こうしてその様子を眺めていても問題ないというわけである。

 いや、気持ちとしては何もしないのは落ち着かないのだが、2人に「これも勉強だから」と言われると引っ込まざるを得ないのが実際のところだ。


 徐々に温度を上げていく炎を見ながら、俺は手を握ったり開いたりして言った。


「俺が使える魔法はごくごく簡単なやつのみだけど、これって練習したら他のも使えるようになるのかね」

「どうでしょう……」


 それを聞いて答えたのはうちの魔力と魔法の専門家であるリディだ。口元に指先を当てて考え込んでいる。


「魔力の扱いは誰でも練習すればそれなりにできますが、魔法は向き不向きがありますからね」

「ほほう」

「例えばですけど、大病を治す魔法が使える人は炎を操るような魔法は不得手だったりします」

「特化すると他が苦手になる?」

「と、言われていますね。私はそこまで凄い魔法は使えないのですが、ある程度はなんでも出来ますし。ただ、それでも火と風は苦手ですね。使えなくはないんですけど」

「ちょうど俺が使えるやつか」

「ええ。なので教えるのも難しいかも知れません」


 リディはそう言ってシュンとする。俺は軽くその肩を叩いた。


「今使えるのでも十分だから気にしなくていい。ちょっと興味が出ただけだ。さーて、仕事にかかるか!」


 俺がそう言うと、リディは少し微笑んだ。と、そこへ、


「エイゾウがリディいじめてるぞ!」


 ヘレンの声が響き、皆が俺の方を見る。まさに突き刺さるかのような視線だ。


「いやいや……ちょっと待て……」


 俺は皆とワイワイやりとりしながら、今日の作業に取り掛かるのだった。

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