社会科見学

 朝食後、ジゼルさんは戻っていった。


「リージャとディーピカをよろしくお願いします」


 そう頭を下げて。ふよふよと飛び去っていった。全員で並んで見送る。その姿は溶けるように森の中へと消えていった。


「さて、それじゃあ我が工房の仕事を始めようかね」


 俺は軽く肩を回しながらそう言って、鍛冶場へと向かった。


 今日の予定はリディ以外の皆はいつも通りに板金やロングソードの作業をする。

 俺とリディは守り刀の鞘を彩色だ。その軽い打ち合わせの時に、リージャさんとディーピカさんに伝える。


「お2人はどうぞ体を休めてください。……と言っても、部屋でじっとしてるのも退屈ですし、大変かと思いますので、この家の周りなら自由に移動して貰ってもいいですよ」


 2人の妖精さんはコクリと頷いた。長であるジゼルさんは立場上からか、ある程度“人慣れ”していたが、この2人はそうでもないらしい。

 まぁ、普通彼女らが人間のところへ厄介になることなんてないだろうからなぁ……。1週間の間に仲良くなれればいいのだが。


「あ、“うちの子”たちは繋いでませんので、自由にそこらをうろついてます。お利口さんなので何もしないとは思いますが、もし苦手でしたらお気をつけて」


 2人は再びコクリと頷く。そのあと、ディーピカさんの方がおずおずと手を上げた。


「どうしました?」

「ここでみなさんを見ていてもいいですか?」


 俺は思わず自分の片眉を上げた。


「もちろん構いませんが……。かなり暑いですよ?」


 皆は炉と火床を使うし、俺もリディに教わりながら色を抽出するための湯を沸かしすのに火を使う。

 温度も湿度も上がるわけで、相当に暑くなるはずである。俺たちは慣れてきたが、2人にとっては未知の暑さだろう。


「ええ。ちょっと人間たちの作るものに興味があるので、見てみたいんです」

「わかりました。いいですよ」


 見える範囲にいてくれた方がいいこともあるか。そう思って俺が頷くと、2人はホッとした顔をした。


「ただし、私たちが水を飲むタイミングでお2人も水を飲んでください。恐らく平気だとは思いますが、念のためです」


 魔力で身体を構成しているらしい彼女たちなので、身体の冷却機能である汗をかくかは疑問だし、汗をかいたところで脱水症状になるかも分からんが、言ったとおりの念のためだ。

 病は落ち着いたのに、その後脱水症状でダウンしちゃ意味ないからな。


「はい。わかりました」


 2人はコクリと頷く。こうして妖精さんの社会科見学付きの作業が始まった。


「まずはこの根を煮出していきましょう」

「わかった」


 作業用の鍋に湯を沸かしている間に、根っこを持ってきた。かなり赤いので生き物の血管のようにも見える。少し土が残っていたので、水で洗い流すとより赤みを増した。

 鍋に湯が沸いたら、そこにそのまま赤い根っこを投入する。サァッと湯の色が赤くなる。


「うおっ」


 鍋の湯があまりに鮮やかに赤くなったので、俺は思わず声を上げた。リディがクスクスと笑っている。


「これ、ビックリしますよね。私も小さいときに驚きました。今も時々ギョッとすることがあります」

「いやぁ、これは凄いな」


 鍋の中はドンドン赤くなっていく。それと引き換えであるかのように、根っこが少しずつ赤みを失っていき、黄色くなってくる。

 黄色みがかなり増してきたところで、リディが根っこを引き上げた。湯の中には真っ赤に濁った湯が残っている。やはりワインというよりは血のように見える。


「これで少し煮詰めれば染料ができます」

「なるほど」


 俺が鍋を見つめていると、後ろから「わー」と言う声が聞こえた。振り返ると、2人の妖精さんが興味深そうに鍋の中身を覗いている。

 俺の視線に気がついたリージャさんが肩をすくめた。


「あ、ごめんなさい」

「いえいえ、気にせずに見ていていいんですよ」


 俺は精一杯微笑んで言ってみたが、家族には違和感があったらしい、リディが俺から顔を背けて肩を震わせている。


「ありがとうございます。これは何に使うんですか?」

「それはですね……」


 俺はまだ仕上げてない白木の鞘を持ってきた。そこには薔薇の彫刻がされている。


「この花を赤くするんですよ」


 俺の言葉に、2人の妖精さんは「わあ」と目を輝かせた。

 さて、これはいっちょ気合いを入れないといけないな。

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