森の診療所
「ありがとうございます」
小さなカップに注いだハーブティーを小さな口でコクリと飲むと、ジゼルさんはほうとため息をついた。
病人を運んできた妖精さんも同じようにしている。
しみじみとジゼルさんが言う。
「助かって良かったです」
「ええ、本当に」
俺もディアナが淹れてくれたハーブティーを一口啜った。いつもよりも味が濃いように感じるが、夜半の起き抜けに一気に作業した体には心地よい。
「しかし、もうちょっとのんびりした療養なのかと思っていましたが、結構急でしたね」
「それが……」
ジゼルさんが言うにはいつもであればゆっくりと魔力が抜けていくはずらしいのだが、今回に限っては急速に抜けたそうである。
抜ける速度はある程度で弱まったのだが、瀕死の状態になってしまったので、慌てて連れてきたと言うことらしい。
「慢性症状の場合だけでなく、劇症型もあるってことか」
「げき……?」
「いえ、こちらの話です」
俺が思わず口に出した言葉に、ジゼルさんが反応した。そりゃ耳慣れない言葉だよな。
「……念のため、病にかかった方と、運んできた方はしばらくうちにいた方がいいかも知れません」
「どれくらいですか?」
「短くても2~3日。できれば1週間くらいですかね」
「結構長いですね」
「ええ。滞在して問題なければ、ですが」
おそらく他者に感染していかないものだとは思うが、念のためだ。万が一劇症型が感染していくようであれば、早い内に対処できたほうがいい。
それで言えば、ジゼルさんもうちにいた方がいいのだが、彼女には妖精族の長という役目がある。うちで感染が確認できれば、すぐにでもうちにいる妖精さんを向かわせれば、対応が早くできるかも知れない。
病にかかった妖精さんは、症状がぶり返したときの用心だ。前の世界の医者が言うところの「このまま2~3日様子見て、大丈夫そうなら退院ですねー」である。
俺はそんなようなことをジゼルさんに説明した。この辺はまんま医者みたいだな。
「なるほど……」
小さな小さなおとがいに手を当ててジゼルさんは考え込む。妖精族を人間(獣人もドワーフもエルフも巨人族もいるが)の家に滞在させて問題ないか考えているのだろう。
もしかするとジゼルさんも他者への感染の可能性を考えているのかも知れない。この病気に感染して、うちで問題になるとしたら、エルフのリディ、走竜のクルル、魔物のルーシーだな。3人とも魔力を摂取して生きている。
他の家族は体内の魔力量が大したことないはずなので、仮にかかったところで問題にはなるまい。
「ディーピカ」
ジゼルさんは病人を運んできた妖精さんに話しかけた。ディーピカさんと言うらしい。
「1週間の間、リージャを頼めますか?」
「もちろんですとも」
ディーピカさんは胸を叩いて請け負った。リージャさんと言うのが今安らかな寝息をたてて寝ている妖精さんの名前のようだ。
「では、すみませんが2人をお願いします」
ジゼルさんは俺に向き直って頭を下げる。俺は大きく頷いて言った。
「分かりました。お互いに何かあれば使いを出すということで」
「ええ」
今度はジゼルさんが頷く番だった。さて、これで森の妖精診療所としての稼働がはじまってしまったな。しかし、とりあえずは休息だ。
「とりあえず、今日のところはみんな寝ましょうか。妖精のみなさんサイズの寝具はないですが、客間が空いてますのでどうぞご利用ください。あ、2部屋あるので、ジゼルさんとディーピカさん、リージャさんの部屋は分けましょう。ディーピカさん、リージャさんに何かあれば遠慮なく誰かを起こしてください」
俺の指示にディーピカさんがコクリと頷く。ジゼルさんが
「ありがとうございます。すみません、何から何まで……」
「いえいえ、同じ森に暮らしてるんです。これくらいなら全然お安い御用ですよ。前金も貰ってますしね」
俺が似合わないウィンクをジゼルさんにすると、クスリと微笑んだ。
リージャさんはヘレンが運ぶことになった。彼女はそっと手にリージャさんを載せると「ふわぁ」と小さな声で言いながら、目をキラキラさせていた。
サイズ的にも見た目にもお人形さんだもんなぁ……。今日のところは見逃しておいてやろう。武士の情けだ。
こうして深夜の診療を終了し、三々五々それぞれの部屋へと戻っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます