2つ目

 短くも賑やかな昼飯を終えて、午後の作業をはじめる。

 ヘレンには今日一日休んでも良いと伝えたのだが、今日は移動しかしていないし、午前中に十分休んだからと、早速サーミャやディアナたちの作業に加わっている。

 しばらくこっちの作業はしていなかったし、リハビリのようなものだと思えばいいか。


 俺は小さい方の指輪に紗綾形を彫りこんでいく。小さい分、若干の繊細さが要求される。つくづく老眼が始まっていなくてよかった。

 それでも目への負担は前の時もそうだったが、今回もそれなりには来る。

 時折、目をギュッと押さえると、ジワッと来る感じがある。前の世界ではしょっちゅう味わっていた感覚。懐かしんでいいのかどうかは悩ましいところだが。


 文様を彫り終えたら、どうしても毛羽立ったりしてしまう部分を整えていく。既に一度はこなしたことのある作業なので、スムーズに進めることができた。

 こうして、見た目にはほとんど完成品と変わらない見た目の指輪が出来上がった。

 金色に輝く中に、薄青い光が混じっている。メギスチウムであることを知らなければ、これが握れば潰れてしまうほどに柔らかいとは信じられなかっただろう。


 俺はそっと魔力炉の中に指輪を置いた。蓋にするのはもちろん魔力をこめておいた板金だ。

 その板金を鎚で叩き、炉の中の魔力濃度を上げていく……という感覚だ。

 炉に透明な材料を使ったり、超音波を使ったりして中を見ることができれば、何が起きているのかわかるのだが、そういうわけにもいかないので、どうしても感覚だけになってしまう。

 魔力濃度を上げるのは、メギスチウム以外にも応用できそうだし、何より「妖精のお医者さん」のためにも効率よく、かつ魔力の結晶が崩壊しないような方法を今後探っていくことが必要になりそうだ。


 見た目にはただの鉄の箱のそれを鎚で延々と叩く。叩くたびにガキン、と大きな音が鍛冶場に響き、リケやサーミャたちが作業している音と混じり合う。

 俺のほうはずっと同じリズム、リケやサーミャたちは少しだけテンポが変わったりして、もしこれを録音できていたら、結構面白い曲になっているんじゃないだろうか、などと思ったりした。


 夕方頃までずっと同じ作業、それも見た目にはあまり変わらない作業なので、蓋を開けずに時々休憩を挟む。

 休憩といってもちょっと外に出て、同じく小屋の外に出ていたクルルやルーシーをちょっとかまってやる程度だ。

 それでも、というよりはそれだからこそ、いい気晴らしにはなった。


 そして、夕方。すっかり魔力の抜けた蓋をそっと外す。いつの間にか他のみんなもそばに近づいていた。

 そっと蓋を開けると、見た目にはほとんど変わらない指輪と、俺たちが見るのは何度目かの魔力の結晶、青い魔宝石だ。


「おぉ」


 小さい声を漏らしたのはヘレンである。彼女がこの魔法石を見るのは初めてだからな。

 結構な大きさになっている魔宝石を取り出し、ヘレンに手渡した。


「綺麗だな」

「だろ? まぁ、今はその状態を保つことができないんだけどな」


 こうして話している間にも、徐々に小さくなっているように感じる。横からアンネとリディが覗きこんでいるのはご愛嬌だろう。


「あぁ……」


 やがて魔宝石は音もなくサラサラと崩れさり、ヘレンは悲しい顔をした。元日本人的にはその儚さも美しさにつながっているのではないかと思うが、みんなはどうだろうな。


「さてさて、本題はこっちだ」


 炉の中に残っている指輪を取り出して、まだ残っている日の光にかざす。

 指輪は少し橙色になった日の光を受けつつ、しっかりと黄金色と、朝より強くなったほのかな青を反射していた。

 ジゼルさんの言うとおりであれば、ここには妖精族の祝福もこめられている。


 俺は軽く鎚で指輪を小突いた。澄んだ音がする。少しずつ強くして、やがて純金であれば確実に潰れるだろうという力で叩く。

 しかし、指輪は音はさせたものの、傷一つなくそこで輝きを放っている。


「これで両方とも完成だな」


 俺は呟き、小さめの歓声が鍛冶場を包み込んだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る